宰相殿の嫁取り(3)
ルシウスがエレンを訪ねてきたのは、カールの忠告を受けてから1時間ほど後のことである。
「サラから聞いたぜ。お前さん、あいつの告白を蹴ったんだってな」
ルシウスの表情に、怒りは宿っていなかった。しかし、彼が落胆していることだけは、誰の目にも明らかであった。
「はい・・・サラ殿やルシウス殿には、大変申し訳ないとは思っているのですが・・・」
「お前さんを責める気はない。けどな、サラは昨日一晩、飯も食わずにずっと泣いてたぜ。今朝も俺が城に向かう頃になっても、部屋から出てこなかった」
「そう・・・ですか・・・」
それきり、2人の間に重い沈黙が流れた。エレンはその空気に耐えきれなくなり、ゆっくりと口を開いた。
「あの・・・トールの結婚式ですが、私は出ない方がよいでしょうか・・・?サラ殿とは、そこで顔を合わせてしまうでしょうし・・・」
「そうだな。トールも事の次第は承知だ。本音はどうあれ、お前さんが来ないことは納得するだろ」
「申し訳ありません・・・なれど、私もどうしても、自分の気持ちに嘘はつけず・・・」
「分かってる、皆まで言うな。・・・で、その相手ってのは誰なんだ?サラの告白を蹴るくらいだ、もう結婚は決めたんだろ?」
――お相手の素性を明らかにすることだけは、厳に慎まれませ――
カールの忠告が、エレンの頭をよぎった。彼は一瞬迷ったが、ルシウスにカレンのことを隠すのは、不誠実だという思いの方が勝った。
「はい・・・カルドからやって来た、我が家の使用人でございます・・・・・・その者のことが、私は子供の頃から好きでした」
「そうか。付き合いは、サラの方が長いはずなんだがな。それでもお前さん、その娘の方が好きだっていうのか?」
「はい。確かに、付き合いはサラ殿の方が長うございます。なれど・・・その者は私にとって、初恋の相手でした。彼女のいない人生など、もはや・・・考えられませぬ」
ルシウスは何かを言いたそうに口を開きかけたが、その言葉を呑みこんで言った。
「ま、仕方ねえな。サラには俺から言っておく。その娘と、幸せにな」
「ルシウス殿・・・まことに、ありがとうございます!」
「だが、その娘を正室にするとして・・・側室のことも考えてくれてもいいんだぜ?」
いつもの不敵な笑みを浮かべながら、ルシウスはエレンに言葉をかけた。
「そ・・・側室!?」
「ああ。側室でもいいからもらってやってくれよ、サラのこと。あいつはお前さんを好いてるんだ。側室だろうが文句は言わねえよ」
「それは・・・私の結婚相手への、裏切りになりますゆえ・・・!」
エレンの言葉などどこ吹く風で、ルシウスは涼しい顔で言った。
「まあ、結婚式には呼んでくれなくてもいいぜ。いや・・・むしろ呼ばない方がそっちにも好都合だろう。式は身内だけで済ませな。下手な奴を招くと、何を言われるかわかったもんじゃねえ」
その夜。屋敷に戻ったエレンはカレンに、カールとルシウスから受けた忠告について話した。
「やっぱり、そうなるわよね・・・・・・宰相殿の結婚相手が百姓の娘だなんて、いい噂の種になるわ」
「俺は・・・特段気にしていない。だが・・・世間の目というものがある。本当に申し訳ないが、式は身内だけで挙げたい。許してくれるか?」
カレンは笑みを浮かべながら、エレンの両手を握って答えた。
「許すも何も、それで十分すぎるくらいよ。私は、大勢から祝われようなんて思わない。あんたの家族と、カルドの仲間に祝ってもらえれば、それで十分だから」
「カレン・・・」
「大体、私はお城の人って苦手なの。ちょっとだけお城で働かせてもらって、そこがどれだけ恐ろしい場所かは身に沁みてわかった。その人たちに愛想笑いを振りまくくらいなら、私は身内だけの式の方がいいわ」
「カレン・・・ありがとう・・・!」
カレンの体を、エレンは強く抱きしめた。カレンは目を潤ませながら、エレンの体を優しく抱き返すのだった。
2人が結婚式を挙げたのは、それから半月ほど経った日のことであった。
式はアルフォードの屋敷で行い、最初に決めたとおり、近しい者たちしか招かなかった。マリアとリーフの親子に、ミアとウェイドの夫婦。そしてカレンの兄のダンと、カルドの仲間であるエミルとカイル。参列者は、たった7人に過ぎなかった。
それでも、2人は十分幸せだった。心を許せる者たちが、自分たちの結婚を祝福してくれる。それだけで十分であった。
「カレンお姉ちゃん、すごく綺麗・・・」
「ありがとう、ミア。・・・ウェイドさんもありがとう。こんなに素敵なドレス、作ってくれて」
「いえ・・・義姉上にふさわしい物になるよう、ミアと2人で作りました。私たちが育てた花、義姉上にお似合いでございます」
カレンが身に纏うドレスには、いくつもの美しい花が飾られていた。その花は全て、ミアとウェイドが育てた物である。
「義姉上、か・・・・・・不思議ね、そんな風に呼ばれるなんて」
「カレンはずっと、ダンの妹だったからな。・・・おめでとう、2人とも」
「ありがとう、カイル。エミルも、よく来てくれた」
「エレンさんたちの結婚式です、来ないわけがないじゃないですか。本当に・・・おめでとうございます、2人とも」
「ああ!!実にめでたい!!カレン、エレン・・・!本当に・・・本当に・・・!!」
「兄さん、また泣きすぎよ!!」
「うふふっ。それだけ嬉しいんですわ、お2人の結婚が。・・・エレン殿、カレンさん、私からもお祝いさせて。本当に・・・おめでとう」
「義姉上・・・ありがとうございます!!」
こうして、2人の結婚式は無事に終わった。この日をもって、カレンはアルフォードの屋敷の使用人を辞め、エレンやマリアと共に暮らすこととなった。
「カレン・・・式を挙げてすぐで何だが、お前に・・・託したい物がある」
「え?」
それは式が終わり、2人が夫婦として初めて夜を過ごす時のこと。エレンはカレンに、どこか重い表情で声をかけた。
「俺は・・・父上の後を継いで、宰相となった。あの人は・・・時に恐ろしい手段を使い、政敵をことごとく排除した。それが正しいことだったのかどうかを、問うつもりはない。だが・・・これだけは言える。あの人は・・・怪物だった」
「エレン・・・」
不安そうに声を上げたカレンに、エレンは覚悟を決めたように告げた。
「この先・・・きっと俺も、怪物にならねばならん時が来る。宰相の道は修羅の道・・・きっと俺も、恐ろしい手を使わねばならん時が来るだろう。もし・・・もし俺が、父上以上の怪物になったと思ったら・・・」
そこで一旦言葉を切ると、エレンはカレンに、1本の短剣を差し出した。
「その剣で、俺を刺してくれ」
「・・・!エレン・・・!」
困惑の声を上げたカレンの手に、エレンは短剣を握らせて言った。
「頼む・・・お前にしか、頼めぬことだ。俺が人の道を踏み外し、身も心も修羅になったと思ったら、その時はお前が、俺に引導を渡してくれ」
「エレン・・・」
エレンの目は、本気だった。その決意を感じ取ると、カレンは両手の中の短剣を握りしめた。
「分かった・・・・・・それが、あんたの決意なら・・・・・・」
「ああ・・・ありがとう、カレン」
カレンの体を強く抱きしめると、エレンは彼女と口づけを交わした。カレンは短剣を握ったまま、エレンの体を強く抱き返した。
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