宰相殿の嫁取り(2)
「そう・・・サラさんの告白、断ったんだ・・・」
バルデッタの屋敷を後にしたエレンは、カレンに事のあらましを告げた。複雑な表情で言ったカレンに、エレンはうなずきながら応えた。
「ああ・・・サラ殿には悪いが、俺にはやはり、お前しかいない。子供の頃から、ずっとお前のことを想ってきた。その気持ちに・・・嘘をつくことはできん」
エレンは小さく深呼吸すると、カレンの目をまっすぐ見つめて言った。
「カレン・・・改めて言う。俺と・・・結婚してくれ」
その言葉に、カレンは一瞬嬉しそうな表情を浮かべた。しかし彼女はすぐに目を伏せると、声を震わせながら尋ねた。
「本当に・・・私でいいの・・・?サラさん・・・将軍の娘でしょ?いくら元が商人とはいえ、バルデッタは今や立派な大家。私なんかと結婚するより、ずっと、サラさんと結婚した方が・・・」
と、その時だった。エレンはカレンの体を抱くと、その唇に自らの唇を重ねた。
「エ・・・エレン!?」
「すまん・・・だが・・・俺はお前をあきらめることができない・・・!家柄なんて関係ない・・・俺は・・・お前のことが・・・好きなんだ・・・!」
「エレン・・・!」
カレンは目から涙をあふれさせると、今度は自分からエレンにキスをした。2人は互いの体を強く抱きしめながら、何度も熱いキスを交わした。
「カレン・・・約束する。絶対・・・お前のことを幸せにする」
「エレン・・・もう・・・十分幸せよ・・・!愛してるわ、あんたのこと・・・!」
互いの指を絡め合いながら、2人は再び口づけを交わした。こうしてエレンのプロポーズは実り、2人の結婚は無事に決まった。
「すぐ・・・マリア義姉上にこのことを伝える。それから、ミアにも!」
「じゃあ、私は兄さんたちに!きっとみんな、喜んでくれるわ!」
こうして早速、2人は結婚のことを近しい者たちに伝えた。マリアはリーフを遊ばせていたが、2人の結婚を耳にすると小さな悲鳴を上げた。
「やっと・・・やっと決断したのね、エレン殿!」
「はい・・・!遅くなってしまいましたが、ようやく、覚悟が決まりました・・・!」
「あなたたち、お似合いだってずっと思っていましたわ。・・・そうだわ!ミアさんにも、伝えないと!」
「これから、伝えに行ってまいります!夕食までには、戻りますので!」
エレンはすぐに屋敷を飛び出すと、城の近くのミアとウェイドの家を訪れ、2人にも結婚のことを告げた。
「おお・・・おめでとうございます、義兄上!!」
「良かった・・・!お兄様も、カレンお姉ちゃんも・・・!」
ミアは涙を流しながら、我が事のように兄たちの結婚を祝福した。エレンは笑顔でうなずくと、2人にさらに言葉をかけた。
「近く、式を挙げようと思っている。2人にも、ぜひ来てほしいのだが・・・」
「もちろん行くわ!!ねえ、ウェイド!?」
「ああ。義兄上、本当におめでとうございます!!」
「ありがとうございます、ウェイド殿!!ああ・・・私は、本当に幸せ者だ・・・!」
一方、カレンはすぐに住まいの長屋に戻ると、カルドの仲間たちに結婚のことを告げた。
「ついに・・・ついにエレンがプロポーズしたか!!」
結婚の報を聞くなり、ダンが目から涙を流しながら歓喜の声を上げた。
「やったな!やったなカレン!!ついに・・・ついに・・・!」
「ちょっ、兄さん!泣きすぎよ!!」
「いや、ダンはこれくらい喜ぶと思ってたぜ。前から何度も言ってたんだ、エレンはいつになったらプロポーズするんだ、ってな!」
「カイル、余計なことを言うな!!それにしてもめでたい・・・めでたいぞ、カレン!!」
「カレンさん、本当におめでとうございます。僕も、自分のことのように嬉しいです」
「それは俺もだ!おめでとう、カレン!!」
「エミル・・・カイルも、本当にありがとう!!」
こうして、2人は近しい者たちに、無事に結婚の報告を済ませた。エレンは幸せな気持ちに包まれていたが、そんな彼に早速、逆境が立ち塞がることになる。
翌朝。登城して執務室に向かう途中、エレンは周囲から好奇の視線を向けられていることに気づいた。
(なんだ・・・?なぜ、皆こちらを見る・・・?)
そう疑問に思ったその時、エレンの耳に、周囲の会話の声が聞こえてきた。
「聞いたか?宰相殿、ルシウス将軍の縁談を断ったそうじゃ」
「おお、聞いた。心に決めた女子がいるとかなんとか・・・」
「バルデッタとの縁談を断るなど、何ともったいない」
「宰相殿はお若いゆえ、まだ先を見る目をお持ちでないのじゃ」
そんな言葉が、容赦なくエレンの耳に飛び込んでくる。エレンはそれらの声を一切無視すると、執務室に足を踏み入れた。
「宰相殿。お待ちしておりました」
「カール殿・・・?何かあったのですか?」
執務室に入るなり、待ち構えていたカールが声をかけてきた。きょとんとした顔で尋ねたエレンに、カールは厳しい表情で言った。
「宰相殿。噂が広まっております。あなたが、ルシウス殿の縁談を断ったと」
「ああ・・・やはり、もう広まっていましたか・・・」
先ほど廊下で耳にした言葉を思い出し、エレンが渋い表情になった。
「こういう噂は、広がるのも早いものでございます。それで・・・噂は本当なのですか?」
「はい・・・サラ殿を、嫁に迎えてほしいと言われたのですが・・・私には、心に決めた相手がおりましたもので・・・」
「なるほど。して、そのお相手とは?」
「カルドからやって来た、我が屋敷の使用人でございます。子供の頃から、ずっと恋焦がれておりました」
頬を赤らめて言ったエレンだったが、カールの表情は硬いままだった。
「そうですか・・・して、その女性との結婚は、もうお決めになったのですか?」
「ええ。昨日、結婚を申し出ました。受けると言ってくれましたので、近く式を挙げようと思っております」
その言葉を受け、カールがサラに表情を硬くして言った。
「宰相殿。結婚すること自体は、心からお祝いさせていただきます。そのお相手が、誰であろうと私は構いませぬ。しかし、式を挙げると仰るなら、近しい者たちだけの間になさりませ。お相手の素性も、あまり大っぴらに口になさるべきではありません」
「なぜです?私はただ、心から愛する者と結婚するだけでございます。その相手が誰であろうと・・・」
「エレン殿。あなたがカルドの百姓のままなら、それはもちろん許されましょう。なれど、今のあなたは宰相殿。あなたの一挙手一投足に、この城の・・・いや、国中の者が注目しております。その中には、悪意を持ってあなたを見る者も、少なくありませぬ」
「それは・・・」
その時、エレンの頭に1人の人物の顔がよぎった。それは所信表明の緊急会議以来、何かと自分に反発してくる文官、バナージ・ガイのものであった。
「つまり・・・そういった者たちに、隙を与えると・・・?」
「左様。あなたを疎ましく思う者たちは、どんなことでもあなたを批判する材料にします。結婚をお止めするつもりはありませんが、お相手の素性を明らかにすることだけは、厳に慎まれませ」
そう忠告すると、カールは執務室を後にした。エレンは席に腰かけながら、深いため息をつくのであった。
「結婚くらい、好きにさせてほしいものだが・・・・・・やはり、そう簡単にはいかない、か・・・・・・」
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