新たなる宰相(7)
ここまでが、物語全体の第12章になります
ジャンヌとの再会を果たしてから、数十分後。エレンはジャンヌの館の庭で走り回る、アランや子供たちを見つめていた。
「ここは・・・いい場所です。今朝までカルドにいたのですが、どことなく雰囲気も似ています」
エレンが声をかけると、ジャンヌがアランを見つめたまま尋ねた。
「何をしに来た?私たちの惨めな姿を、笑いにでも来たか?」
「とんでもない・・・私はただ、心配になったのです。義姉上と、アランのことが・・・」
エレンのその言葉に、ジャンヌは小さな笑みを浮かべた。
「アルフォードの屋敷から出たことは、後悔していない。この村は、私にもアランにも、安らぎをくれる。ここでゴールを弔いながら、2人で静かに生きていくのも、良い人生かもしれぬ」
「義姉上・・・」
しかし次の瞬間、ジャンヌの顔から微笑みが消えた。
「だが・・・私はまだ、諦めておらぬ。いずれ必ず、アランをこの国の宰相にする。それがゴールの望みであり・・・私の望みでもある。例えそなたを蹴落としてでも、私はあの子をこの国の頂に据える。それが・・・今の私の、何よりの生き甲斐だ」
ジャンヌはエレンに顔を向けると、挑発するような表情で言った。
「どうする?私を反逆罪で捕まえるか?もっとも今はそなた1人、私に勝てるとは思うまいな?」
「ええ、思いません。義姉上を捕まえる気も、毛頭ございません」
穏やかな笑みを浮かべながら、エレンはアランに視線を向けた。彼は転んだ友人の1人に手を伸ばし、立ち上がるのを手伝っていた。
「アランは、きっと良い男に育ちましょう。なにせ、ゴール兄上と、義姉上の血を継いでおりまする。武勇に優れ、学にも秀でる・・・そんな、立派な大人になりましょう」
「エレン殿・・・」
エレンはジャンヌの目を見つめると、穏やかな表情のまま言った。
「いずれ・・・アランが立派に成長した暁には、私は喜んで、宰相の職を譲りましょう」
その言葉に、ジャンヌは少し驚いたようであった。しかし彼女はすぐに顔を伏せ、暗い表情で言った。
「その言葉、素直に受け取ることができぬ。そなたが噓をつけぬ男であることは、分かり切っているというのに・・・」
「疑われるのも、無理はありません。私は義姉上から、全てを奪った男でございます。そのような男を信じろなどと、傲慢なことを言うつもりはありません」
一瞬哀しそうな表情を浮かべつつも、エレンは再び微笑みながら続けた。
「なれど、これだけは忘れないでくださいませ。私にとって、義姉上もアランも、未だ大事な家族です。決して、粗略には扱いませぬ」
エレンの言葉を受け、ジャンヌは微笑みながら彼に視線を向けた。
「変わらぬな、エレン殿は。相変わらず優しすぎる」
「そ・・・そうでしょうか?私には、あまり分かりませぬ・・・」
照れくさそうな表情を浮かべるエレンに、ジャンヌは思わず声を上げて笑った。そんな彼女に釣られるように、エレンも笑い声を上げる。
それからほどなくして、エレンはテネス村を後にした。ジャンヌは手を振るアランの肩を抱きながら、エレンの後ろ姿を見送るのだった。
エレンが城に戻ったのは、それから3日後のことである。
「お帰りなさいませ、宰相殿。ダン殿から聞きました、テネスにまで足を運ばれたとか」
城に入るなり、待ち構えていたカールが声をかけてきた。執務室に向かいながら、エレンは彼に言葉を返す。
「ええ・・・1人で行動したこと、お許しくださいませ。なれど・・・どうしても、ジャンヌ義姉上のことが気にかかり・・・」
「そこが宰相殿の良い所であり、悪い所でございますな。今お1人で行動されること、どれだけ危険かご承知でしょう。あなたはもう、カルドの三男坊ではございませぬ」
「ええ・・・分かっては、いるのですが・・・」
そんな言葉を交わしながら、執務室に入ったその時。そこにはすでに、先客の姿があった。
「よお。戻ったか、宰相殿」
「ルシウス殿・・・!一体、どうなさったのでございますか?」
エレンが驚いて尋ねると、ルシウスは肩をすくめるように言った。
「お前さんに、どうしてもしたい話があってな。カール殿、外してくれるか?これは男と男の話合いだ」
「・・・承知いたしました。では宰相殿、一旦失礼いたします」
エレンに小さく会釈すると、カールは執務室を後にした。部屋のドアがぱたんと閉まると同時に、ルシウスがさっそく切り出した。
「実はな・・・トールが結婚することになった。相手は俺の部下の娘だが、気立てが良くていい子だ、トールにふさわしい」
「そうですか・・・おめでとうございます、ルシウス殿!」
「ああ、確かにめでたい。しかしだ・・・俺にとってはトールより、サラの結婚の方が大事でな」
ルシウスのその言葉に、エレンは嫌な予感がした。
「ルシウス殿・・・もしかして・・・」
「ああ、改めて言うぜエレン殿。サラを・・・お前さんの嫁にもらっちゃくれねえか?」
――新たな戦いが、始まろうとしている。刃も矢も交わらぬ、極めて難しい戦いが。
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