新たなる宰相(6)
カルドの聞き取りを終えた翌日。エレンはダンに、ある指示を出した。
「すまんが、このまま衛兵と共に城に戻ってくれ。俺はもう少し先に進み、テネスの村まで行く」
「1人でか?大丈夫なのか?護衛もつけずに」
「いや・・・これは1人で行かねばならんのだ。衛兵たちには、適当に言っておく。わがままなのは百も承知だが・・・」
「それでも、行かねばならん理由があるんだろ?なら、深くは聞かないさ」
笑みを向けて言ったダンに、エレンは小さく頭を下げた。
「ありがとう・・・やはり、お前がいてくれてよかった」
こうして、ダンは衛兵と共に、一足先に城へと戻り始めた。エレンは馬を半日ほど走らせ、テネス村まで辿り着いた。
(ここがテネス・・・穏やかな場所だな・・・)
農民たちが畑仕事にいそしみ、子供たちが無邪気に駆けまわっている。どこかカルドを思わせる雰囲気に、エレンは心が温かくなるのを感じた。
しばらく馬に乗って進むと、エレンは1軒の館に辿り着いた。そこでは1人の若い女性が、村の子供たちに剣の稽古をつけていた。
「ジャンヌ様、お客人でございます」
稽古をつけていた女性に、若い侍女が歩み寄って告げた。女性――ジャンヌが目を向けると、そこには馬から降りたエレンの姿があった。
「あっ・・・おじうえ!!」
木の剣を握りしめたアランが、無邪気な笑みを浮かべてエレンのもとに駆け寄った。その体を抱き上げながら、エレンも笑顔で言葉を返した。
「アラン・・・元気にしていたか?」
「はい!いまははうえから、けんをならっておりました!」
「そうか。さすがは、アランの母上だ」
アランを下したエレンは、そこでジャンヌと視線を交わした。笑顔を向けるエレンとは対照的に、ジャンヌは複雑な表情を浮かべていた。
その頃。買い物で城下を訪れていたカレンは、そこで思わぬ人物と出会うことになった。
「あっ・・・サラ・・・さん・・・」
サラが苦手なカレンにとって、ここでの再会はあまり望ましいものではなかった。一方のサラも緊張したような表情で、カレンに言葉を投げかけた。
「カレンさん・・・エレンのこと・・・好き?」
「えっ?」
突然の問いかけに、カレンは思わず戸惑った。彼女は返す言葉に困り、逆にサラに問いかけた。
「ど・・・どうして、そんなこと訊くんです?」
「お願い。正直に答えて。あなた・・・エレンのこと・・・好きなの?」
表情こそ硬かったが、サラの目は本気であった。カレンは唾をごくりと飲むと、正直に己の気持ちを口にした。
「ええ・・・好きです。子供の頃から、エレンのことが好きでした」
「・・・・・・そう」
カレンの言葉に、サラの表情が暗くなった。それでもサラは自分を励まし、続けてカレンに問いかけた。
「エレンは・・・あなたのこと・・・好き・・・なの・・・?」
「ええ。エレンは私のこと、好きでいてくれてます。いつかは、結婚したいとも思っていますから」
「け・・・結婚・・・!」
カレンの言葉に、さすがのサラも衝撃を覚えた。まさかこんなにも自信満々に、結婚などという言葉をカレンが口にするとは、完全に予想外であった。
「・・・もしかして、サラさんもエレンのこと・・・好き・・・なんですか?」
そんなサラの反応を見て察したのか、今度はカレンがサラの気持ちを尋ねた。サラは戸惑ったような表情を浮かべつつ、小さくこくりとうなずいた。
「そうですか・・・・・・そのこと、エレンには伝えましたか?」
その問いかけに、サラは小さく首を横に振った。そんな彼女に、カレンははっきりとした口調で言った。
「そうですか・・・・・・サラさん。エレンはかなり鈍感な男です。好きなら好きとはっきり言わないと、エレンに気持ちは届きませんよ」
「そ・・・それは・・・」
「私は、あなたの恋路を応援することはできません。けれどこれだけは言わせてください。あなたのエレンを想う気持ち・・・一度はっきり、本人に伝えてみてください。そうじゃなきゃ、あなたきっと後悔します」
カレンの言葉に完全に圧倒されながら、サラは小さくうなずいた。
「う・・・うん・・・・・・」
「エレンは今、巡視でカルドに行っています。戻ってきたら、私がサラさんと話すように言ってみますから」
「本当・・・?ありがとう、カレンさん・・・!」
カレンに小さく頭を下げると、サラはその場から去っていった。カレンはその背中を見送ると、誰に言うともなく呟いた。
「あーあ。何やってるんだろ、私。恋敵を応援しちゃうなんて・・・」
一方。カレンのもとから去ったサラは、屋敷の自室で歓喜の声を上げていた。
「エレンに・・・会える・・・・・・気持ちを・・・伝えられる・・・!」
だが同時に、ある恐怖が彼女の中に巣食った。もし気持ちを伝えたとして、エレンに断られてしまったら・・・・・・そんな彼女の恐怖を、先ほどのカレンの言葉がさらに煽った。
――エレンは私のこと、好きでいてくれてます。いつかは、結婚したいとも思っていますから――
「エレン・・・やっぱり、カレンさんと結婚しちゃうの・・・?嫌・・・私、エレンの奥さんになりたいの・・・!」
サラの胸に、熱い炎が燃え始めた。これまで自分でも感じたこともないほどの、燃え滾った熱い炎が。
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