新たなる宰相(4)
季節が過ぎ、桜が美しく咲く春となった。エレンの宰相の仕事は相変わらず多かったが、少しずつ、彼も仕事に慣れ始めている。
これまでは決裁に時間がかかったり、カールを始めとする文官たちに相談することが多かったエレンだったが、よほどのことでなければ1人で決裁し、文官たちに指示をすることが多くなった。カールやディエゴといった文官たちも、エレンのために全力で尽くしてくれた。
宰相に就任して、およそ3ヶ月。少しずつ、板についてきたと我ながらエレンは思った。就任当初は毎日のように城に泊まりこんでいたが、今では毎日屋敷に帰れている。屋敷でカレンやマリア、甥のリーフの顔を見るのは、仕事で疲れたエレンの癒しになった。
とはいえ、全てが順風満帆だったわけではない。季節が春になると同時に、ある訴えが目立つようになった。
「また海賊に関する訴えか・・・それも、ザメク殿の領内から・・・」
四将軍の一員である、海賊上がりのザメク・ルア。彼の領地はエルドラ東部の海に面している一帯であり、将軍となった今でもザメクは、そこで海賊の頭領として過ごしている。といっても、船を襲撃して荷を奪ったりすることはなく、もっぱら領海を通過する船から、通行料と称して金を巻き上げているのだった。
「また、ザメク殿に関する訴えですか」
エレンから相談を受けたカールが、訴状を見ながら苦々しく声を上げた。
「そうなのです・・・ザメク殿は内戦での功績から、先代陛下より通行料の取り立てを許されてきました。しかし、その行いに民の不満が高まり、こうして訴状が毎日のように届くのです」
「お父上も、ザメク殿の行いには頭を悩まされていました。何せ東部は荒れ地が多く、陸路での移動は大きな負担になります。ならば船を使って・・・と考えても、一帯をザメク殿が牛耳り、通行料を求めてくる始末。お父上は内戦での功績から、ザメク殿の行いに目をつぶってきましたが・・・」
そこで一旦言葉を切ると、カールは覗き込むようにエレンの目を見て続けた。
「宰相殿は、それはできぬご性分でしょう?」
「はい・・・民が困っているというならば、その苦しみを除くのが、私たちの仕事です。とはいえ、相手は先代陛下から金の取り立てを許されております。そこで、陛下にもこの件を相談してみたのですが・・・」
エレンの暗い表情に、カールが何かを察したように言った。
「その様子では、あまりいい返事はもらえなかったようですな」
「はい・・・すべて、私に任せると・・・」
「それが一番厄介でございます。さっそく、難関ですな」
「ええ・・・なれど、民の声に耳を塞ぐわけにもいきません。ちょうど、ザメク殿が城に出仕されているので、この後会うつもりです」
こうして、エレンはザメクと久しぶりに対面した。エレンの顔を見るなり、ザメクは陽気な表情で言った。
「よお!久しぶりだなあ、アルフォードの三男坊!・・・いや、今は宰相殿か。けっ。あの初陣は確かに見事だったが、それで21のガキを宰相にたあ、陛下もよっぽどの物好きだぜ」
「スティークの乱のときは、お世話になりました。・・・早速、ザメク殿にお話があるのです」
「へっ!言わなくたって分かってるぜ。どうせ、海の通行料のことだろ?」
エレンの考えを呼んでいたかのように、ザメクが悪びれる様子もなく言った。
「そうなのです。ザメク殿、どうか通行料の取り立てを止めていただくことはできませんか?東部の民にとって、海が使えなければ他の地区への移動が困難なのです。民のためと思い、どうか・・・」
「わりいが、無理な話だな。何せ俺たち海賊は、通行料の取り立てでその日の飯食ってんだ。これを止めろって言われたら、もう船を襲うしか生きてく道ねえぜ?」
ザメクは口調こそ飄々としていたが、エレンを見つめる目は鋭かった。しかし、エレンもそれで引くような男ではない。
「なれど、ザメク殿も領主ではございませんか。ならば、領民の訴えに耳を傾け、解決の策を練るのが仕事でございましょう。頭から無理だと言われては、解決できる問題も解決できませぬ」
「そりゃ、俺だって領民の話は聞いてるさ。けどな、海賊には海賊のやり方ってもんがあるんだ。他の奴らと一緒の生き方をしろってのが、そもそも無理な話なんだよ。できてりゃ海賊なんてやってねえ。わかるか、ボウズ?」
「分かりませぬ。海賊の方々の苦労は察しますが、それで領民を苦しめていては元も子もないでしょう。お願いでございます。通行料は、廃止してくだされ」
エレンが重ねて懇願した、次の瞬間。ザメクはエレンの机を強く叩くと、彼の顔を睨みながら言った。
「領民領民っていうけどなあ、海賊だって領民じゃねえのか!?俺はな、将軍になった今でも、海賊の頭領であることに変わりはねえ。先代の国王様はそれを認めてくれた、だからこそ堂々と通行料を取ってたんだ!それを今更無くせだぁ?冗談じゃねえ!おめえの言うことは立派だがな、それじゃ生きていけねえ人間だっているんだよ!!」
その言葉は、エレンの胸に深く突き刺さった。ザメクも少し言い過ぎたと思ったのか、ばつが悪そうな表情で言った。
「まあ・・・少し控えろとは言ってみるさ。スティークみてえに、逆賊にはなりたくねえしな」
「今は・・・それで良しといたします。お越しいただいて、ありがとうございました、ザメク殿」
ザメクはふんと鼻を鳴らすと、執務室を後にした。それと入れ替わるように、カールが部屋に入ってくる。
「ずいぶんと、言われたようですな」
「ええ・・・私の視野が、狭かったようです・・・・・・海賊もまた領民・・・・・・そのことを、分かっておりませんでした」
「確かに、それにも一理ありましょう。なれど、海賊の行いに目をつぶり続ければ、いずれ大きな問題となりましょう。それを解決しようとなさった宰相殿のお気持ち、私は間違っているとは思いませぬ」
「・・・ありがとうございます、カール殿。父上も・・・こんな風にザメク殿と、意見を戦わせたのでしょうか・・・」
「私の記憶の限りでは、あの方がザメク殿と話し合うことはありませんでした。その点では、あなたの方がお父上より、勇気があると言えるかもしれませぬ」
「勇気・・・私はただ、全ての民が幸せになる道を、見つけたいだけなのですが・・・」
それを見つけるのは、果たして何年先になるだろうか。エレンは理想がますます遠ざかるのを感じ、心の中でため息をつくのだった。
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