新たなる宰相(3)
エレンの改革は、少しずつ進んでいる。
「ダリオ殿・・・お久しゅうございます!」
宰相就任から数日後、エレンはかつて次兄・ルーカスの副官を務め、彼とゴールの戦死をアルフォード家に伝えに来た、ダリオ・モンティを呼び出した。ダリオは特徴的な青い目を、どこか緊張したように見開いている。
「お・・・お久しぶりでございます、エレン・・・いや、宰相殿!」
「・・・そんなに硬くならないでください。今日はダリオ殿に、お願いしたき儀がございまして・・・」
「私に!?ど・・・どんなことでも仰ってくださいませ!」
身を乗り出すようにして言ったダリオに、エレンは真面目な表情で告げた。
「ダリオ殿に、ラダンとの取次役をお願いしたいのです。引き受けていただけますか?」
「ラダンとの?な・・・なぜ私に?」
「ダリオ殿は、あの負け戦を生き延びられました。ラダンの恐ろしさを、身をもって知っておられるお方です。今、あの国とは敵対関係が続いておりますが、私は友好的な関係を結びたいのです。ダリオ殿に、それを手伝っていただければと・・・」
エレンの言葉に、ダリオは必死に笑顔を作って応えた。
「こ・・・光栄でございます!ダリオ・モンティ、一命を賭して、ラダンとの取次役を引き受けまする!!」
「ありがたい・・・!感謝しますぞ、ダリオ殿!」
こうして、ダリオがラダンとの取次役に決まった。それから数日後、ラダンから停戦の使者が派遣された。
「我がラダンの王は、貴国との友好関係を望んでおります。そちらが我が国に攻め入ることがなければ、我が国もそちらに攻め入ることはございませぬ」
「それで十分でございます。先代の宰相が、無礼なことをいたしました。お許しくだされ」
ラダンからの使者に頭を下げたエレンに、同席していたダリオが思わず声を上げた。
「さ・・・宰相殿!あなたが頭を下げる必要は・・・」
「いや、これも誠意の証でございます。ラダン国王にお伝えくだされ。我が国も、そちらとの友好関係を切に望んでいると」
こうして、ラダンとの交渉は無事に終わった。その日、エレンは屋敷に帰宅すると、義姉のマリアにそのことを伝えた。
「そうですか・・・・・・あのダリオ殿が、そんなに立派に・・・」
「はい。あの御仁に任せたのは、正解でした」
エレンの言葉に小さくうなずきつつも、マリアの表情は複雑だった。彼女にしてみれば、亡き夫を守り切れず、おめおめと国に逃げ帰ってきた、卑怯な男としか見えないのかもしれない。
「義姉上・・・ダリオ殿を許せない気持ちは、よく分かります。しかしラダンとの和睦は、きっとルーカス兄上も喜んでくださるはず。どうか・・・あの御仁を憎むのは、もうおやめくだされ」
「憎んでなどいません。・・・けれど」
そこで一旦言葉を切ると、マリアは2歳になった息子のリーフの頭を撫でた。
「この子に父親がいないのが、ただただ可哀想で・・・」
マリアに頭を撫でられながら、リーフは無垢な笑みを浮かべていた。エレンはそれ以上の言葉をなくし、母子の姿をじっと見つめていた。
エレンが宰相になって、1ヶ月ほどが経った。そんなある日、城では大きな動きがあった。
「ふむ・・・1人の食事にも慣れたが、味気ないの・・・・・・」
ひとりきりで朝食をとっていたレオナルドが、亡き妻を思い出して小さなため息をついた。すると1人の侍女が、レオナルドに声をかけてきた。
「失礼いたします、陛下。こちらの皿は、お下げしてもよろしいですか?」
「うむ・・・・・・そなた、確かシャーンが死んだときに、その顔に布をかけた者であったな」
レオナルドの言葉に、侍女が硬い表情で小さくうなずいた。
「はい・・・王妃様のお顔を、隠さねばと思い・・・」
「やはりそうか。あの状況で、あそこまで落ち着き払っていられるとはと、密かに感心しておった。・・・そなた、名は?」
レオナルドの問いかけに、侍女は控えめな表情で答えた。
「ジェシカ・・・ジェシカ・リードと申します・・・」
「ジェシカ、か。そなた、齢はいくつじゃ?」
「今年で・・・21になりまする・・・」
「21・・・シャーンと同い年ではないか」
微笑みながらそう言うと、レオナルドはジェシカにとって予想外なことを口にした。
「決めたぞ。そなたを・・・我が後妻とする」
「さ・・・再婚!?」
その日の内に、エレンはレオナルドに呼び出され、ジェシカを紹介されることになった。
「うむ。わしも1人では寂しくてな。まだ子供も作れておらぬし、そろそろ後妻を・・・と考えてはいたのじゃ」
「しかし・・・そこに、侍女の1人を・・・」
「確かに、ジェシカは侍女じゃ。じゃがそれが何じゃ?わしはのう、宰相、ジェシカに強く惹かれておる。はっきりとした理由は分からん。しかし・・・この者こそ、わしの後妻にふさわしい。そう感じるのじゃ」
レオナルドの言葉に、隣に控えるジェシカが顔を真っ赤にしてうつむいた。エレンは反論する理由を見つけられず、かしこまった口調でレオナルドに告げた。
「分かりました・・・陛下がそう仰るなら、私は何も言いませぬ」
「痛み入るぞ、エレン。・・・ジェシカ。宰相も認めてくれた。後妻ゆえ、式は挙げられぬが、どうかわしの伴侶になってくれ・・・!」
「か・・・かしこまりました。それが・・・陛下のお望みなら」
こうして、レオナルドの再婚が決まった。ジェシカは誰にも分け隔てなく接し、侍女や貴族たちの評判もすこぶるよかった。
「エレン殿、シャーン様はあなたを嫌っておられましたが、わたくしはあなたを頼もしく思っております。同い年同士、仲良くいたしましょうね」
「はっ。このエレン、王妃様のために尽くしまする」
「おお、早速仲を深めておるな。わしも嬉しいぞ、2人とも」
エレンにとっても、王妃が友好的なのは好都合であった。今後何かあった時、王だけでなく、王妃の力も借りられるかもしれない。この王妃との関係は、絶対に保たねばとエレンは思った。
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