新たなる宰相(1)
ここからが、物語全体の第12章、そして第二部となります
レオナルド国王歴5年、冬。
この日、エレンは宰相として、初めて城に出仕した。
「おはようございます、宰相殿!」
城門を守っていた2人の衛兵が、武器を下しながら挨拶した。エレンも2人に、頭を下げながら挨拶する。
「おはようございます。今日も、寒いですな」
「はっ!宰相殿の仰る通り!!」
(宰相殿、か・・・・・・父上も、最初はこんなだったのだろうか・・・)
新しい呼ばれ方に、エレンは少し戸惑っていた。それでも堂々と彼は歩くと、城の中へと足を踏み入れた。
彼が目指したのは、父が使っていた執務室である。道すがら、何人もの貴族や兵士が深く頭を下げてきた。エレンはそれらに全て応えるわけにもいかず、何人かに小さく頭を下げるだけにとどめた。
「おはようございます、宰相殿」
「ああ・・・おはようございます、カール殿」
執務室では、すでに父の側近であった文官のカールが、いつもと変わらぬ表情で待ち構えていた。彼はエレンに軽く頭を下げると、ネルソンが使っていた机に視線を向けた。
「部屋は、お仕事がしやすいように整えておきました。本日は午後より、宰相殿の代替わりに伴う緊急会議を行います。そこで宰相殿から、今後の施政方針をうかがえればと」
「分かりました。それまでは、何を?」
「それまでは、こちらの書類に目を通していてくだされ」
そう言うと、カールは机の上に山と積まれた書類に目を向けた。その量を見て、エレンは思わず表情を歪めた。
「これを・・・全部、ですか・・・?」
「ええ。お父上は、1日の間にこの倍近くの量を処理しておられました。宰相殿、書類に目を通し、ご自身が正しいと思ったことはすぐに実行に移してくださいませ。もっとも、宰相殿は指示だけしてくださればよいのです。必要な手続きは我ら文官が行いますので」
「はあ・・・責任、重大ですね・・・」
「左様。宰相とは、そういう仕事でございますれば。・・・では、もしご判断が難しい案件がありましたら、いつでもお呼びくだされ。・・・失礼いたします」
エレンに慇懃に頭を下げると、カールは執務室を後にした。エレンは書類の量に思わず唾を飲むと、席に腰かけて1枚目の書類に目を通した。
「西部ウルバの村で、農地を巡る争いあり・・・片方は先祖代々の所有権を主張し、もう片方は急逝した地主から譲られたと主張する・・・・・・うーん・・・これは双方から話を聞きたいところだが・・・」
しかし、そんなことをしているゆとりはないであろう。ただでさえ処理しなければいけない案件が山積みな上に、双方の当事者を呼んでしまっては、解決に何日かかるか分かったものではない。
「では、これは地元の役人に裁可を・・・いや、それができないからここに訴えが来たのか・・・・・・なら・・・やはり・・・」
「失礼いたします、宰相殿」
エレンの思考を遮るように、カールの同僚であり、国の財政を預かる文官のニールが、大量の書類を手に部屋に入ってきた。
「おはようございます、ニール殿。・・・まさかとは思いますが、その書類は・・・」
「ええ。宰相殿に、裁可を仰ぎたい件でございます。なるべくお早めに、目を通してくだされ」
笑みを浮かべながら書類を机に置くと、ニールはそそくさと執務室を後にした。エレンは思わず苦笑いしながら、天井を仰いで呟いた。
「ははは・・・今日は・・・城に泊まりだな・・・・・・」
その頃。ネルソンの盟友であったルシウスの屋敷では、エレンの親友であり、この家の跡継ぎであるトールが、ソファに身を預けながら呟いていた。
「エレンの奴、頑張ってるかなぁ。今日からあいつが宰相殿、どうも実感わかねえぜ。なあ、サラ?」
「うん・・・エレン・・・偉い人になった・・・」
先ほど、登城する途中のエレンに笑みを向けられたことを思い出しながら、サラが少し赤い顔で言った。そんな妹を見てにやりと笑うと、トールはからかうように言った。
「やっぱお前、あいつのこと好きなんだろ?前から思ってたんだよなあ、お前とあいつがくっつけばってさ」
「本当?・・・うん・・・私・・・エレンのこと・・・好き・・・」
ますます顔を赤くしながら、サラが照れくさそうに笑って言った。
「そうだよな!よし!こうなったら早いとこ、あいつに嫁取りを勧めねえとな。父上によると、あいつはそういう話が出ると決まって逃げるらしい。さては・・・好きな女の1人や2人、もういるのかもしれねえな」
兄のその言葉に、サラは胸が抉られるような痛みを覚えた。同時に彼女の脳裏に、1人の少女の姿が浮かぶ。
「カレン・・・さん・・・」
「カレン?・・・ああ、ダンの妹か。・・・そうか・・・あの子がねえ・・・いや、ありえねえ話じゃねえな」
興味深そうに声を上げるトールとは対照的に、サラの表情は硬かった。何年か前、エレンが城下に戻ったばかりの頃、親しげに共に歩いていたカレンの姿。それを思い出すたびに、サラの胸の内に荒い波が押し寄せてくるようであった。
「私・・・あの人・・・嫌・・・」
「ほーん・・・さては、やきもちか?」
「違う・・・!そんなのじゃ・・・ない・・・!」
サラはその場から駆け出すと、自室に駆け込んでドアをバタンと閉めた。彼女は両手で胸を押さえると、絞り出すような声で言った。
「エレンの・・・奥さんになりたい・・・・・・でも・・・エレンはきっと・・・あの人が・・・・・・」
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