名宰相の三男坊(7)
父と兄の説得に失敗したエレンは、その夜のうちに城下を後にしようと決めた。
父たちが去った後、エレンは何とかもう一度説得を試みようと、城中を駆け回った。しかしどの衛兵に聞いても、返ってくる言葉は同じであった。
「宰相殿とゴール殿、それにルーカス殿は、戦の準備でご多忙でございます。いくらエレン殿とはいえ、お会いになることは難しいと存じます」
だれも、エレンに寄り添う姿勢は見せなかった。ならば屋敷で待ち構えようとしたものの、屋敷の従者もジャンヌやマリアに何か言い含められたのか、エレンを中に入れようとはしなかった。
無力感と絶望を覚えながら、エレンは屋敷の厩舎に繋いでいた馬のもとに向かった。幸いにも、馬に何かされたような形跡はない。エレンがため息をつきながら、馬の紐をほどこうとした、その時であった。
「エレン・・・帰ってきた・・・」
突然、背後からか細い声が聞こえた。エレンが後ろを振り返ってみると、そこにはいつの間にやってきていたのか、無機質な表情を浮かべるサラの姿があった。
「サラ殿・・・なぜここに?」
「姿が、見えたから・・・・・・でも・・・もう、帰っちゃうの・・・?」
どこか寂しげな視線を向けながら、サラがエレンに問いかけた。
「うむ・・・父上を、何とか説得しようとしたのだが・・・・・・父上も、兄上たちも、この屋敷の者たちも、皆私と会いたくないらしい。・・・ならば、私がここにいる意味はあるまい」
「・・・可哀想」
サラの表情が、いつになく曇っているようにエレンには感じられた。こんなに感情を露わにするサラを、彼は初めて見た気がした。
「ありがとう・・・今は、その言葉が嬉しい」
エレンの言葉に、サラは気恥しそうな微笑を浮かべた。するとそこに、1人の人物がやってくる足音が聞こえた。
「サラ、ここにいたのか?今城下は兵士たちでいっぱいだ。下手に外出するなと言っただろう?」
サラの姿を見るなりそう言ったのは、彼女の兄であるトールであった。サラの顔から微笑が消え、再びいつもの無機質な表情に戻る。
「うん・・・ごめんなさい・・・」
「ったく、余計な心配かけるなって。・・・エレン、父上から聞いたぞ。親父さんに、戦に反対だと言ったらしいな」
「ああ。此度の戦、どう考えたって道理に合わぬ。隣国から使者や貢ぎ物が来ないとしても、それだけで戦を仕掛けるというのはどうかしてる」
「けどまあ、お前の親父さんもゴール殿も、今度の戦には前向きだしな。・・・しかも、今回はゴール殿が宰相殿に頼んで、総大将を引き受けたとか」
「そうか・・・兄上らしいといえば、それまでだが・・・・・・」
常日頃からアルフォード家の力を誇示するような発言をしていたゴールなら、そう言いだしてもおかしくないとエレンは思った。兄はこの戦で武功を立て、父の後継者としての地位を盤石なものとしたいのだろう。
「ところでエレン、馬の紐が外れているが、もしやもうカルドに帰るのか?」
「ああ。屋敷にも、入れてもらえんのでな」
「そうか・・・何なら、今夜だけでもうちに泊まるか?お前1人ぐらいなら、何とかなるぞ」
エレンとトールは気が付かなかったが、この時サラの目に、微かではあるが光が宿った。しかしその光は、エレンが口にした言葉によってかき消えることとなった。
「いや・・・気持ちはありがたいが、今はもうここにはいたくない。しばらく馬で走れば、宿場町がある。今日はそこで泊まるよ」
「そうか・・・まあとりあえず、気を付けて行けよ」
「ああ。トール、お前もお父上も、どうかご武運を」
「ありがとよ。けど心配は無用だぜ。我が家は万一の時のために、城を守ることになったからな」
「そうだったのか。なら安心だ。・・・では、トール、サラ殿、これで」
エレンは馬にまたがると、宿場町をめがけて去っていった。そんな彼の背中を、クッキーが入った小袋を手にしたイリアが見つめていたことに、この時誰も気づいていない。
そして、およそ1週間後。ゴールとルーカスが率いる軍勢が、王城から出陣する日がやって来た。
「それでは父上、行ってまいります。ラダンなど所詮は小国、たちまちのうちにねじ伏せてまいります」
「うむ。・・・ゴール、ルーカス、戦場では何が起きるか分からぬ。くれぐれも気をつけよ」
父の言葉に、ゴールとルーカスが頭を下げる。頭を上げた2人のもとに、それぞれの愛する家族がやってくる。
「ゴール、武運を祈る。お前ほどの男が、ラダンなどに後れを取るとは思わぬが」
「ああ、すぐに勝って戻ってくる。アランを頼んだぞ、ジャンヌ」
「ちちうえ、がんばって!」
「おお、よしよし。父はすぐに戻るぞ、アラン」
駆け寄ってきた息子の頬に触れながら、ゴールが優しい笑みを向ける。一方、ルーカスは最愛の妻の膨らんだ腹を撫でながら、その中にいる子供に声をかけていた。
「必ず帰って来るからね。母上と共に、待っててくれよ」
「ええ、無事にお戻りくださいませ。この子と一緒に、待っていますから」
自身の腹をさすりながら、マリアが微笑みを浮かべて夫に告げた。それからほどなくして、国王であるレオナルドと、その妻である王妃のシャーン、そして城に残る者たちに見送られながら、ゴールを総大将とする大軍勢が城を出立した。
「おっ・・・みんな、来たぞ!」
その大軍勢は、カルド村を通過するということが、事前に伝えられていた。カイルが叫び声を上げながら、軍勢がやって来たことを村人たちに告げる。
「すごい数だな・・・20万の軍勢と聞いた」
「これほどの大軍なら、ラダンなどすぐに攻め落とせるだろう」
軍勢を見送る者たちからは、そんな楽観的な声も聞こえてきた。エレンもカレンとダンと共に、ラダンに向かう軍を見送った。
「すごい・・・ゴール様も、ルーカス様も、すっかり大人になられたのね・・・」
10年ぶりにゴールとルーカスの姿を見たカレンが、感慨深そうに声を上げた。ゴールは勝ち誇ったような笑みを、ルーカスはどこか申し訳なさそうな笑みを、それぞれ馬上から弟に向けてきた。
「いやあ、すごい数の軍勢だったな。・・・これは、案外あっさり片が付くんじゃないか?」
軍勢がすべて村を通過すると、ダンがすでに戦の結果を見越したように言った。エレンは苦々しい表情を浮かべながら、ダンにゆっくりと言葉を返した。
「うむ・・・そうなれば、いいのだがな・・・・・・」
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