名宰相の三男坊(6)
「おい、よせってエレン!もう戦は決まったことだ!今更どうこうなるもんでもないだろ!」
兵士が去ってから、およそ1時間後。エレンはジョセフに頼み込み、彼の馬を1頭借りて城に向かおうとしていた。そんな彼を引き留めようと、ダンが必死に声をかけている。
「まだ・・・まだ分からん!今ならまだ、父上の気を変えることができるかもしれん!」
「お前の親父さんが、一度決めたことをそう簡単に撤回するか!?下手に戦に反対すれば、お前の身だって危ないかもしれないんだぞ!?」
「それでも・・・せめて理由を聞かねばならぬ!何ゆえ今、ラダンを攻める必要があるのか・・・その答えを、俺は父上から聞かねばならん!」
「あっ・・・エレン!」
ダンの制止を振り切り、エレンは馬を走らせてカルドを後にした。彼は夜を日に継いで馬を走らせ続け、通常なら3日かかるところを、その半分の1日半で城まで辿り着いた。
(すでに・・・戦の準備が進んでいる・・・)
城下には大量の兵士や、兵糧や武具などを運ぶ荷車がごった返していた。エレンはとりあえず、かつて住んでいたアルフォード家の屋敷に向かい、そこに馬を繋ごうとした。
「あっ・・・エレンお兄様!」
エレンの姿を見るなり、屋敷で留守をしていた妹のミアが駆け寄ってきた。戦が迫っているためか、彼女の表情もどこかこわばっている。
「ミアか。父上と兄上たちは、城か?」
「ええ、戦の支度でてんやわんやよ。・・・まさか、お兄様も戦に出る気なの?」
「違う。むしろ戦を止めようと思ってきた。とにかく、馬だけここに繋ぐ。すぐに城に行って、父上を説得せねば・・・」
「よせ、エレン殿。無用なことだ」
その時、鋭い声がエレンの耳に飛び込んできた。視線を向けてみると、そこには幼い男の子の手を引いた、義姉のジャンヌの姿があった。
「義姉上・・・」
「もはや戦は決まったこと。今更そなたが何を言ったところで、覆ることはない」
「されど・・・」
「お義姉様の言う通りですわ、エレン殿」
屋敷の奥から、今度はマリアがエレンに声をかけた。彼女の腹は、半年前にエレンが城下を去った時よりも膨らんでいる。
「すでに戦の準備は進んでいます。お義父様が、今になって戦を止めることなど、考えられませぬ」
「ははうえ、ちちうえはいくさにいくんですよね?」
ジャンヌに手を引かれた幼子が、たどたどしい口調で彼女に声をかけた。ジャンヌは微笑みを浮かべながら、かがみこんで幼子の頭を撫でる。
「ああ、その通りだアラン。父上はこれから、このエルドラに無礼を働いた不届き者を討ちに行く。父上も、ルーカス叔父上も、正義の名のもとに戦ってくるのだ」
「せいぎ・・・すごい!かっこいい!」
ゴールとジャンヌの息子で、まだ3歳のアランは、母の言葉を疑いもせず受け入れていた。しかし、叔父のエレンはアランほど、戦を素直に受け入れることはできない。
「ルーカスの兄上まで戦に?・・・義姉上たち、それにミア、私は先を急ぎますゆえ、これにて失礼!」
エレンは馬を繋ぐとすぐに、屋敷を飛び出して城に向かい始めた。その途中、憂いを帯びた表情で城下の様子を見つめていたイリアが、エレンに気づいて声をかけてきた。
「・・・!エレン様!お戻りになったのですか!?」
「イリア殿・・・すまぬ。今はそなたと、ゆっくり話している時間がない。すぐに父上や兄上たちに会って、この戦を止めさせねば!」
「あっ、エレン様・・・!」
イリアの声も耳に入らないかのように、エレンはさらに先を急ぎ、城に辿り着いた。2人の門番が武器を携えて警護を務めていたが、彼らはエレンの顔を見て表情を和らげた。
「これはエレン殿・・・お戻りになったのですね!?」
「ああ、至急父上に合わねばならぬ。通していただけるか?」
「もちろんです。宰相殿のご子息なら、いつでも歓迎でございますゆえ!」
こうして、エレンは久方ぶりに王城に足を踏み入れた。そして宰相の執務室に向かうと、そこでは父のネルソンが、2人の兄であるゴールとルーカスに、戦の指南をしているところであった。
「父上!兄上たちも・・・!」
「エレン・・・お前、何ゆえに城に戻ってきた?」
エレンの姿を見たゴールが、驚きを隠しきれない様子で問うた。一方のネルソンは何かを悟ったのか、手を軽く上げてゴールを制した。
「久しぶりだな、エレン。そんなに慌てて来たということは・・・この戦に反対か?」
「もちろんでございます・・・ラダンとは、かつての内乱以来、不戦協定を結んでいたはず!それを・・・何ゆえ今になって攻めるのでございます!?」
「先代の王が身罷られ、レオナルド様が王位を継がれて早3年。この3年の間、ラダンは一度も我が国に朝貢を行わず、それどころか、王が替わったことへの挨拶の使者すらよこしておらぬ。これは我が国を軽視する、極めて不届きな行為。ゆえに、戦でかの者どもの目を覚まさせてやるのだ」
淡々と告げたネルソンに対し、エレンは思わず感情を爆発させた。
「そのような・・・そのような理由で戦をするのですか!?我が国の威信を示すという、たったそれだけのことで・・・!」
「口を慎め、エレン。国と国との関係は、一度下に見られたらそれまでだ」
エレンを鋭く睨みながら、ゴールが自身の見解を述べた。
「我が国は、ラダンなどよりもはるかに大きく、強い国だ。その我らが、格下のラダンに嘗められることなど、決してあってはならぬのだ。この国の・・・そして、我がアルフォード家の威信を天下に示すため、この戦は避けられぬ。・・・エレン、お前が何と言おうと、もはや父上も俺たちも戦は止めぬ。カルドからはるばる来たようだが、無駄足であったな」
蔑むような笑みをエレンに向けながら、ゴールは執務室を後にした。ネルソンも彼に続くように、部屋の出口に向かって歩き出す。
「そういうことだ、エレン。この戦は、我がエルドラの威信をかけたものとなる。それに反対するような者は、この城には必要ない」
エレンを鋭く睨みながら、ネルソンも去っていった。震える拳を握りしめるエレンに、ルーカスが申し訳なさそうに声をかける。
「・・・内心では、僕も戦には反対だよ。けど、父上と兄上があんな様子では、もう誰が何と言っても無駄さ。・・・ごめんなエレン。せっかく来てくれたのに」
エレンの肩を軽く叩きながら、ルーカスも去っていった。残されたエレンは1人、戦を止められない悔しさのあまり、震えて立ち尽くすことしかできなかった。




