名宰相の三男坊(5)
ここまで物語のペースはゆっくりでしたが、この辺りからちょっとずつ動いていきます
カルドの宴は、盛大に行われた。
カルドの村人だけでなく、エレンが連れてきた隣村の住人2、30人も加わり、カレンが仕留めた猪の肉に舌鼓を打った。
「さあ皆さん、ぜひ食べてください!城下で一番のクッキー作りの名人から、直々に伝授されたレシピの通りに焼いてみました!」
甘い香りが漂うできたてのクッキーを、エレンが村人たちに配り始める。それは城下を去る際に、イリアからもらったレシピの通りに作った物であった。
「おいおい、今度こそは正しく作ったんだろうな?お前、毎回味が違うって言ってるじゃねえか?」
「ああ、今度こそあの味になるはずだ。素材も調味料もレシピ通り、寸分たがわず作ったんだぞ」
カイルが冷やかしの言葉をかける中、エレンが自信満々といった表情でクッキーを配る。村人たちはクッキーを受け取ると、早速それをかじり始めた。
「おっ!こりゃ美味いぞ、エレン!もしかしたら、前よりもうまくできたんじゃないか?」
「僕もそう思います。エレンさん、今度こそレシピ通りに作れたんじゃないですか?」
クッキーの味に舌鼓を打ちながら、ジョセフとエミルがエレンに告げた。
「ははは!だから言ったでょう。今度こそ、あのレシピ通りに作ったんです。美味くないはずがない」
エレンも早速、余ったクッキーを一口かじってみた。しかし彼の明るかった表情は、クッキーを噛めば噛むほど暗くなっていく。
「どうしたの、エレン?・・・もしかして、また・・・?」
そんなエレンの様子を目にした1人の女性が、怪訝そうな表情で声をかけてきた。彼女の名はマミヤといい、エレンやダンに比べると少し年長の人物だ。かつては生涯を誓い合った男がいたが、彼を病で亡くして以降は独り身を貫いている。
「・・・やはり・・・味が違う・・・・・・なぜだ・・・?あのレシピ通りに、作ったはずなのに・・・」
エレンの言葉に、その場の空気が少し重くなった。するとそれを察したのか、ダンが笑みを浮かべながら、エレンの背中を軽く叩いた。
「ははは!またどうせ、どこかで間違えたんだろ?さあみんな、肉はまだまだたくさんある!このクッキーだって、味はエレンの思惑通りじゃないかもしれないが、結構美味いぞ!」
ダンの言葉を皮切りに、再び賑やかな時間が戻ってきた。カイルを始めとする村の若者たちが歌って踊り、それに合わせてエミルやデインが手製の楽器を演奏する。エレンはまだ怪訝そうな表情を浮かべていたが、それでも笑みを浮かべてクッキーを食べながら、目の前の村人たちの様子を見つめていた。
「あんたがこれから何て言うか、当ててあげましょうか」
エレンのもとにやって来たカレンが、彼の隣に腰かけてからかうような笑みを向けた。
「ほう・・・ぜひ、聞かせてもらおう」
「やっぱり、カルドに戻ってきてよかった。いつも行儀良くしなきゃいけない城下での暮らしは、俺にはあまりにも窮屈だ。・・・でしょ?」
「驚いた・・・なんで俺の言いたいことが分かった?」
エレンが問いかけると、カレンは呆れたような表情で返した。
「この半年で、何回同じ言葉を聞いたと思ってるの?さすがに分かるわよ、あんたの考えてることくらい」
「はは・・・そうか。さすがカレンだ」
気恥ずかしそうに笑ったエレンに釣られて、カレンも声を上げて笑った。2人は村人たちの様子をしばらく見つめていたが、やがてカレンが口を開いた。
「・・・本当に、後悔してない?あのまま城下で暮らしてた方が、あんたの人生、きっといいものになってたわよ?」
「それこそ、もう何度言ったと思ってる?城でいい役職に就くことだけが、いい人生ではない。俺にとっては、ここでカレンやダン・・・村のみんなと暮らす方が、ずっといい人生だ。ここでは窮屈な人間関係も、妬みや侮りの視線もない。自分を偽らずに生きられるというのは、俺にとって、心からの幸せなんだ」
「・・・・・・そっか。あんたがそう言うなら、それでいいわよ、私は」
エレンの言葉に、カレンが安堵したような声で応えた。エレンは彼女の瞳を見つめながら、さらに思いの丈を口にした。
「それに・・・お前がいない人生など、もう俺には考えられない。・・・子供のころから、ずっとお前が好きだった。その気持ちに蓋をして生きることなど、俺には・・・できない」
「エレン・・・」
気が付けば、2人は互いの指を絡め合い、手を握り合っていた。2人の顔が徐々に近づいていき、やがて互いの唇が、そっと相手のそれに触れた。
「ここで・・・カレンやみんなと生きる。そのためなら、俺は名誉も地位もいらない」
「私も・・・あんたと一緒にいられるなら、それだけで・・・いい」
共にいられる幸せ。それを2人は噛み締め合った。宴はますます賑やかになり、村を照らす火の明かりが、愛し合う2人の若者を照らし出した。
翌朝。居候先のダンとカレンの家で眠っていたエレンは、外から聞こえる騒がしい声に目を覚ました。ダンとカレンは数年前に相次いで両親を亡くし、以降は2人でつつましく暮らしていた。エレンが村に帰ってきてからは、新しい家族と言わんばかりに、幼馴染のエレンを同居させてくれている。
「んっ・・・なんだ・・・?」
エレンが目を覚ました時には、すでにダンとカレンの姿はなかった。エレンが身支度を整えて外に出てみると、そこには村人たちが集まっており、その近くには城からやって来たと思われる、馬に乗った兵士の姿があった。
「あっ・・・エレン!こっち!」
村人たちの中にいたカレンが、エレンを見つけて声をかけ、彼を手招きした。エレンがカレンのもとに辿り着くと同時に、兵士が馬上から村人たちに声をかける。
「カルドの者に申し伝える!この度、宰相殿のご決断により、隣国のラダンを攻めることと相成った!今各地の村から、兵糧となる麦を集めている!この村からも、蓄えの麦の2割を供出するようにとの、宰相殿のご命令である!」
「・・・!戦・・・!?」
兵士の言葉に、エレンは思わず呆然と声を漏らした。その一方で、村人たちの先頭に立っていたジョセフが、兵士に慇懃に頭を下げる。
「かしこまりました。ただちに麦を手配し、お城に運ばせまする」
「うむ。では、確かに申し伝えたぞ!」
兵士は時間を惜しむように、馬を走らせて去っていった。去っていく兵士の背中を見送りながら、カイルが落胆の声を上げる。
「なんだよ!せっかく戦だっていうから、兵隊を集めるもんだと思ってたのに!」
「滅多なことを言うなカイル。村の働き手は貴重なんだぞ」
カイルの隣に立っていたデインが、彼をたしなめるように言った。一方、まだ呆然とした表情のエレンを心配し、カレンが声をかけてきた。
「エレン・・・大丈夫?」
その声に、エレンははっと我に返った。その時にはもう、彼の決意は固まっていた。
「・・・止めねば」
「え?」
「戦を・・・父上を止めねば!」
ご覧いただき、ありがとうございました。
もしよろしければ、感想や評価を頂けると幸いでございます




