巨星墜つ(4)
ミアからネルソンの伝言を受け取った後、エレンは父に付き添い続けた。しかし、父は目を覚ますことなく、ジャンヌとの交代の時間がやってきた。
「エレン殿、ご苦労」
「義姉上・・・よろしくお願いいたします」
「うむ。任せよ」
ジャンヌに後を託すと、エレンは疲れた表情で医務室を後にした。部屋のドアが閉まるのを確かめると、ジャンヌは懐から1枚の紙とペンを取り出した。
「義父上・・・お手をお借りいたします」
ジャンヌは眠り続けるネルソンの手にペンを握らせ、手にした紙を近づけた。ペンの先が紙に触れようとした、その時――
「義姉上!何をしておいでです!?」
突然、鋭い声が部屋中に響き渡った。ジャンヌが驚いて視線を向けると、医務室のドアの近くに、先ほど退室したエレンが厳しい表情で立っていた。
「エレン殿・・・」
「義姉上・・・それは一体なんでございます?」
エレンは大股でベッドのもとに歩み寄ると、ジャンヌの手から紙をひったくった。そこに書かれていた文言に、エレンは目を見開くこととなった。
「アルフォードの家督を・・・アランに譲る・・・?義姉上・・・まさかとは思いますが・・・!」
「・・・そうだ。義父上の署名さえあれば、それは正当な遺言状となる。だからこそ、眠っておられる今を狙ったのだがな・・・」
エレンは手にした偽の遺言状を、床に投げ捨てながら言った。
「義姉上・・・なぜでございます!?父上のご意思は・・・当然、ご存じでありましょう!?」
「ああ。確かに知っている。だが・・・私にはそなたが、アルフォードの家を守れるとは思えぬ!優しさに囚われ、情に流されやすいそなたが、この城で父上のように生き抜いていけるとはどうしても思えぬ!」
思いの丈をぶつけながら、ジャンヌは義弟の目を見つめて言った。
「エレン殿・・・そなたは以前言ったな?エルドラの女神の異名を持つ私がいれば、アランの世は盤石だと!ならば・・・今からでもそうしようではないか。そなたには、この血なまぐさい城は似合わぬ。カレンやダン殿と共にカルドに戻り、そこで穏やかに暮らせばいい!この家は私が守る。それで・・・それでいいではないか?」
カルドでの暮らし。それへの未練は、今も決して捨てきれたわけではない。たった半年とはいえ、カレンやダン、カイルやエミルたちと共に、カルドで暮らせた日々は幸せであった。しかし・・・
「・・・できませぬ・・・!私には・・・作りたい世ができましたゆえ・・・!」
目に涙をためながら、エレンはジャンヌに訴えかけた。
「作りたい世?それは一体、どんな世だ?」
「イリア殿や、王妃様のような・・・・・・政で人生を使い潰される者が、二度と出ない世でございます!!そのために私は・・・父の後を継いで、宰相となりたいのです!!」
エレンの言葉に目を見張りつつ、ジャンヌはそれを切り捨てようとした。
「あり得ぬ・・・そのような世は、人が生き続ける限り決して訪れぬ!!」
「それでも!!それでも私は・・・そのような世を作ってみたいのです・・・!もう・・・あのような悲しい思いを、誰にもさせたくないのです!!」
父や一族を処刑され、絶望の果てに自分と心中を図ったイリア。彼女の死が、今のエレンを作ったと言っても過言ではない。イリアのような犠牲者を、もう二度と生みださない――それが、今のエレンが宰相を目指す原動力であった。
「だからこそ・・・義姉上の頼みは聞けませぬ・・・!どうか・・・分かってくだされ・・・!」
目から涙をあふれさせながら、エレンは必死に懇願した。ジャンヌは複雑な表情を浮かべつつも、目を伏せて首を小さく横に振った。
「もはや・・・言葉は不要と見た。ならば・・・是が非でも、そなたからアルフォードの家督は奪うぞ!!」
ジャンヌは声を絞り出すと、腰に提げていた剣を抜いた。そして剣を構えながら、ゆっくりとエレンに近づいていく。
「義姉上・・・」
「エレン殿・・・そなたを殺したくはない。だが・・・どうしても家督を譲らぬと言うなら、私は・・・私は・・・!」
と、その時であった。医務室のドアの方から、鋭い叫び声が響いた。
「やめて!!やめてお義姉様!!」
「・・・!ミア・・・!」
驚きの声を上げたエレンをよそに、ミアがエレンとジャンヌの間に割って入った。彼女は涙に濡れた目を、ジャンに向けながら言った。
「お義姉様・・・お願いだからこんなことやめて・・・!こんな時だから・・・家族が1つにならなきゃいけないって、そう言ったのはお義姉様じゃない!!」
「・・・ミア殿・・・」
「私・・・家族がバラバラになるところなんて見たくない・・・!そんなの・・・そんなの、嫌よ・・・!」
ミアはその場に頽れると、声を上げて泣き始めた。ジャンヌはあきらめたような表情を浮かべると、手にした剣を鞘に戻した。
「私の負けだ、エレン殿。だが・・・・・・我らはもう、分かり合うことはできまいな」
「義姉上・・・」
「近く、アランを連れて屋敷を出る。故郷の村に戻り、そこでアランを育てていく」
落ち着いた声でそう言うと、ジャンヌは泣き続けるミアの頭を優しく撫でた。
「ミア殿・・・これまで仲良くしてくれたこと、心から感謝する。そなたのことは・・・本当の妹だと、思っていた」
「お義姉様・・・お願い・・・考え直して・・・・・・アルフォードの家には・・・お義姉様だって必要なの・・・」
「いや・・・私はもう、アルフォードの家にとっては災いにしかならぬ。なら・・・アランと共に去ることで、我が家から禍根を無くそう」
「義姉上・・・・・・」
ジャンヌの決意は、もはやだれにも覆せなかった。――それから数日後。ジャンヌはアランと、自身に付き添う数人の侍女を連れ、アルフォードの屋敷を去っていった。
「本当に・・・これしかなかったのでしょうか・・・」
去っていく義姉たちの姿を見送りながら、マリアがぽつりと呟いた。その隣に立つエレンが、様々な思いが宿った顔で言葉を返す。
「分かりませぬ・・・・・・なれど・・・これが、義姉上の決意なのです・・・・・・我らは・・・それを見守ることしかできませぬ」
――こうして、アルフォード家の内部分裂は終わりを告げた。その一方で、いよいよネルソンに、最期の時が迫っていた。
ご覧いただきありがとうございます。
評価や感想をいただけると、とても励みになります。よろしければ、ぜひお願いいたします




