巨星墜つ(3)
ネルソンが次に目を覚ましたのは、レオナルドにエレンを託してから、2日後のことであった。
「義父上・・・目を覚まされましたか」
この時、ネルソンに付き添っていたのはジャンヌであった。ネルソンは彼女の顔を見つめると、力のない声でつぶやいた。
「おお・・・ジャンヌ殿か」
「はっ。・・・義父上、このような時に恐縮ではありますが、義父上にお願いしたきことがございます」
「わしにか・・・・・・見ての通り、わしにはもはや何もできぬ」
「いいえ・・・義父上だからこそ、できることでございます」
ジャンヌはそう言うと、真剣な表情でネルソンの顔を見つめて言った。
「義父上・・・アルフォードの家督を、アランに譲ると仰ってくださいませ。義父上のそのお言葉があれば、家督は正式に、アランのものとなりまする。義父上にしか、できぬことでございます」
ジャンヌの言葉に、ネルソンは小さな笑みを浮かべた。
「それはできぬ・・・・・・すでにわしは、エレンを後継に定めた・・・・・・そのこと、そなたもすでに承知であろう・・・」
「義父上のご意思は、尊重しとうございます。なれど・・・エレン殿は、この城で生きるにはあまりにも優しすぎます。あの者に、この先アルフォードを守って世を渡っていくことはできませぬ。なれば・・・以前あの者が言っていた通り、アランをアルフォードの後継とし、私がそれを後見する方が、この家のためとなります」
そこで一旦言葉を切ると、ジャンヌはネルソンの目を見つめながら再度懇願した。
「義父上・・・私は幼き頃に家族を失い、死ぬ覚悟で参加した戦で、偶然にも手柄を上げました。そのおかげで、亡き夫にも巡り会えました。私はただ・・・アルフォードの家を・・・第二の家族を守りたいのでございます。どうか・・・エレン殿を後継から外し、アランを後継に定め直してくださいませ・・・!」
深く頭を下げたジャンヌを、ネルソンは労わるような目で見つめた。
「そなたの想い、実に痛み入る・・・・・・我が家を守りたいという想いは、まぎれもなく本物であろう」
「・・・!義父上・・・!」
「だがな・・・エレンを後継から外すことはできぬ・・・・・・あれは・・・そなたが思う以上に、大きな男になりうる・・・・・・わしは・・・それに賭けてみたいのじゃ・・・・・・」
「賭けでは・・・守れぬものもございます・・・!義父上・・・どうか・・・!」
ジャンヌが再度懇願しようとしたが、ネルソンはすでに眠りに落ちていた。ジャンヌはそれ以上の言葉をつぐむと、ひたすら彼が目覚めるのを待った。
しかし、彼女が付き添う間、とうとうネルソンが目覚めることはなかった。やがてミアとの交代の時間が訪れ、ジャンヌは静かに医務室を去っていった。
「お父様・・・」
ミアが沈んだ表情を浮かべながら、眠り続ける父の手に触れた。するとその時、ネルソンがゆっくりと目を覚まし、ミアの顔をじっと見つめた。
「おお・・・ミアか」
「お父様・・・お父様!!」
ミアは目に涙を浮かべながら、思わず父の体に抱き着いた。ネルソンは微笑を浮かべつつ、ミアの耳元に声をかける。
「やめんか・・・そなたも来年で19だ、このような子供みたいなことは・・・」
「歳なんて・・・関係ないわよ・・・!お父様と・・・またお話しできるのが・・・嬉しくて・・・!」
父の胸に顔をうずめながら、ミアが震える声で言った。そんな娘の姿に笑みを浮かべつつ、ネルソンは静かな声で言った。
「ミア・・・・・・わしには・・・もう時間がない・・・・・・お前に・・・エレンへの伝言を頼みたい・・・」
「お兄様に・・・?いいわよ、何でも言って」
ミアが顔を上げてそう言うと、ネルソンは冷静な声で告げた。
「・・・ジャンヌ殿には・・・気をつけろと伝えてくれ・・・・・・あの者は・・・この先何をするか分からぬ」
「え・・・?ジャンヌ・・・お義姉様が・・・?」
思わぬ父の言葉に、ミアが思わず疑問の声を上げた。しかしその時にはもう、ネルソンは再び眠りに落ちていた。
「お父様・・・お父様!」
何度呼びかけても、ネルソンが目を覚ますことはなかった。やがて付き添いの交代の時間が来ると、ミアはエレンに、父から告げられた言葉を伝えた。
「ジャンヌ義姉上に・・・?一体、どういうことだ?」
「分からない・・・でも、お父様ははっきりと言ったわ。お義姉様が・・・何をするか分からない、って」
不安そうな声でそう言うと、ミアは縋るような目で兄の顔を見つめた。
「きっと・・・何かの誤解よね・・・?だって、ジャンヌお義姉様は、いつもまっすぐで正々堂々としてる人よ。そのお義姉様が・・・何か良くないことを考えるなんて、そんな・・・」
何と言葉を返すべきか、エレンはしばし考えこんだ。やがて彼は微笑を浮かべると、妹の頭を優しく撫でた。
「そうだな・・・義姉上に限って、そのようなことをなさるはずがない」
「・・・そうよね?きっと・・・お父様は悪い夢でも見たんだわ」
兄の言葉に安堵するかのように、ミアは明るい声で言った。しかし、父がこの期に及んで不確かな言葉を口にするということも、今のエレンには考えられなかった。
その夜。アルフォードの屋敷でぐっすりと眠るアランの頭を、ジャンヌが慈しむような笑みで優しく撫でた。
「アラン・・・お前のためなら、母はどんなことだってする」
強い決意を宿した目で、ジャンヌはアランを見つめながら言った。
「お前のことは・・・この母が・・・必ずや守り抜いてみせる・・・!」
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