救いの手(6)
ここまでが、物語全体の第10章になります
エレンたちの基金作りは、失敗に終わることとなった。
しかし、エレンはいくつか収穫があったと思っている。まず1つは、エミルが言ってくれたように、城の懐具合について知ることができた。今後政に携わる上で、この経験は大いに役に立つであろう。
2つ目に、カルドの仲間たち、そしてトールとの絆を深めることができた。特に彼が嬉しかったのは、トールとダンが日を追うごとにその仲を深め、いつしか親友と呼べる関係になったことであった。城の厩舎で楽しそうに笑う2人の姿を、エレンは微笑みながら見つめた。
そして最大の収穫は、父の本心に触れることができたことであったと、エレンは思っている。これまで、父との間には壁があるように感じていた。今もその壁は完全に消えたわけではないが、それでも、以前よりは距離が近づいたと思える。冷徹で、政敵には容赦のない父にも、民を想う確かな志があったのだ。
その志だけは、継ぎたいとエレンは思った。父が成しえなかったことを、自分の手でやり遂げる。それが、今のエレンの目標になっている。
「そっか・・・お兄様とお父様、少しは分かり合うことができたのね」
もうすぐ冬が本番になろうという時期。この日、エレンは妹のミアの嫁ぎ先である、ウェイドの家を訪ねていた。
「ああ。あの人にも、譲れない思いがあった。それを知ってから、父上への見方が、自分の中でも変わった気がする」
「修羅の道を歩む覚悟・・・それがあるからこそ、義父上はお強いのでしょうな」
ウェイドがそう言いながら、紅茶と菓子を持ってきた。それをご馳走になりながら、エレンは家の中に飾られた花々に目を向けた。
「ミアからウェイド殿を紹介されて、もう1年か・・・・・・月日が経つのは、本当に早いものだな」
「ふふっ。やだわお兄様、まるでおじいさんみたいなこと言っちゃって」
「だ・・・誰がおじいさんだ!?私はただ、初めてウェイド殿と会った日を、懐かしんでいただけだ」
およそ1年前、人攫いに捕まったミアを、ウェイドは命懸けで助けた。ミアへの想い、そしてミアが彼に向ける想いにほだされ、ネルソンは2人の結婚を許した。エレンも2人の愛を本物と認め、結婚を心から祝福したのだった。
「あの日は・・・本当に色々ありましたな。しかし、それらを乗り越えたからこそ、私たちは夫婦になれました。なあ、ミア?」
「ええ。あの日のこと・・・絶対に忘れないわ、ウェイド」
熱い視線を向け合いながら、ウェイドとミアは言葉を交わした。そんな2人の姿を微笑みと共に見つめながら、エレンは紅茶を一口すすった。
「しかし、義兄上はまだ、ご結婚なさらないのですか?お歳からしても、そろそろよろしいのではと、私などは思うのですが」
「私も同感。お兄様、早くカレンお姉ちゃんと結婚しちゃいなよ。いいわよ、夫婦っていうものは」
「はは・・・妹のお前に、それを言われるとはな。そうだな・・・・・・そろそろ・・・考えてみるか・・・・・・」
その頃。ネルソンの執務室に、盟友であるルシウスが訪ねてきていた。
「お前さん、そろそろエレン殿を結婚させる気はないか?相手なら、うちのサラなんかがおすすめだが?」
「ふっ・・・わしにそれを言われてもな。そういう話は、エレンに直接言ってくれ」
「それでだめだからお前さんに頼んでるんだ。どういうわけか、エレン殿は結婚のことになると話題をそらしてな。・・・もしかして、本命でもいるのかな?」
探るようなルシウスの問いかけに、ネルソンは小さく笑みを浮かべた。
「さあな。いずれにせよ、結婚の時期、それに相手は、あやつが自分で決めることだ。親のわしらがどうこう言う話じゃない」
「俺にとっては、娘の結婚は重要なことなんだがな。ましてあんな子だ、貰ってくれる家がなくて困ってるんだ」
「ふっ・・・そうであろうな。お互い、子供のことで苦労が多いな」
「ああ。いくつになったって、親にとっては子供だからな」
互いに声を上げて笑い合うと、ネルソンは呟くように言った。
「あやつを跡継ぎにしたのは・・・正解であったかもしれぬ。あやつはわし以上に民を想い、その痛みや苦しみに寄り添うことができる。あやつなら・・・わしができなかったこともできる気がする」
「ふっ・・・何だ?急に親バカか?」
「まあそう言うな。そなたも言ったであろう?いくつになっても、親にとっては子供のままなのだ」
ルシウスにそう言葉を返すと、ネルソンはどこか遠くを見つめながら声を上げた。
「エレン・・・」
と、次の瞬間。ネルソンの視界が真っ白になり、同時に彼の意識が途切れて床に倒れ込んだ。
「ん・・・?おい、ネルソン殿?」
突然の事態に、ルシウスがネルソンのもとに駆け寄る。体を揺さぶってみても、ネルソンは何の反応も返さない。
「ネルソン殿・・・宰相殿!!誰か!!誰か医者を!!宰相殿、宰相殿!!」
ネルソンの体を揺さぶりながら、ルシウスは必死に呼びかけた。しかしその声に、ネルソンが目を覚ますことはなかった。
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