救いの手(4)
カルドの仲間たち、そしてトールを巻き込んで始めた計算は、2日かかってようやく終わることとなった。
「とりあえず、計算結果をまとめましょう。国民1世帯が働いて収入を得ず、1年間生きるためには、最低でも金貨が15枚必要です。それと、銀貨も3、40枚はつけなきゃいけないでしょう」
国民1世帯の出費を考慮したうえで、エミルが計算結果を告げた。エルドラでは、金貨、銀貨、銅貨の貨幣が使われている。金貨1枚は銀貨10枚に相当し、銀貨1枚は銅貨20枚に相当する。すなわち、金貨1枚を銅貨と交換するには、200枚必要な計算になる。
「そして、ラダン遠征とスティークの乱で命を落とした人数は、合計1万9003人・・・仮に1万9000世帯として、金貨が28万5000枚、それに銀貨が57万枚は必要ということか」
そう口にすると、エレンは疲れ切った表情の仲間たちに感謝の言葉を告げた。
「みな・・・本当にありがとう!さっそく、この結果をニール殿の所に持っていく。城の蓄えと照らし合わせれば、基金を作れるかどうかが分かる!」
「おお・・・頑張ってくれ、エレン・・・」
寝る魔も惜しんで計算していたカイルが、あくびをしながらエレンに声をかけた。カレンとダンも疲れて身を床に横たえており、トールに至ってはいびきをかいて寝ている始末だ。
「では、僕も行きます。結果がどうあれ、城の蓄えについて知ることができる、いい機会ですから」
エミルも同行することとなり、エレンは早速ニールのもとを訪ねた。彼は意気揚々と、仲間たちと共にまとめた計算結果を差し出した。
「御覧の通り、金貨を最低でも28万5000枚、銀貨を57万枚は使いたいのです。基金設立のため、力を貸していただけませんか?」
「・・・これは・・・ならぬ!エレン殿、これはいくらなんでもいけませんぞ!!」
計算結果に目を通したニールが、顔を青ざめさせながらエレンに告げた。
「そんな・・・なぜです?城には貨幣がたくさん眠っているはず、それを少しばかり使わせていただければと・・・」
「少しばかりなどという話ではございませんぞ!エレン殿は、城の蔵にいくら金があるか、ご存じで仰っているのか!?」
叫ぶようなニールの言葉に、エレンとエミルは思わず顔を見合わせた。
「いえ・・・存じませぬ・・・」
「私もです、ニール様。せっかくの機会です。城の蓄えの額、教えていただけないでしょうか」
エミルがそう言うと、ニールは一度席を外した。しばらくして戻って来た彼の手には、1冊の台帳が握られている。
「そこに、城が蓄えている貨幣の全額が書かれております。それを、よーく御覧になりなされ!」
ニールの言葉に促されるように、エレンとエミルは台帳に書かれた金額に目を通した。
「金貨が・・・50万枚!?」
「銀貨が80万枚、銅貨が115万枚とありますね・・・・・・エレンさん、僕らが出した計算結果を当てはめると・・・」
「国の金の・・・半分を使ってしまうことになる・・・!」
自分の言葉ながら、エレンはぞっとならざるを得なかった。そんな彼に追い打ちをかけるように、ニールが渋い表情で言った。
「ただでさえ、昨年は2万人近くの戦死者が出て、国の財源が傾きかけたのです。そこに新しい基金・・・しかもそんなにも莫大な金額、とても無理でございますぞ!」
「で・・・では、寄付で賄うのはいかがでしょう?城に広く触れを出し、寄付金を募るというのは・・・」
「残念じゃが、それも難しいじゃろうな、エレン殿」
エレンとエミルの背後から、ニールの同僚であるディエゴが声をかけてきた。その隣には、父・ネルソンの側近であるカールの姿もある。
「ディエゴ殿・・・カール殿も・・・」
「エレン殿。寄付金とはそもそも、善意がなければ成り立ちませぬ。あるいは、寄付金を出すことで、自らに利がもたらされるかどうか・・・」
「カール殿の言う通りじゃ。寄付といえば聞こえはいいが、結局のところ、そういうものに金を出すのは、よほどのお人よしか偽善者じゃ。それに、寄付する者が出たとして、それで本当に基金を賄えると思うか?」
「・・・それは・・・」
言葉に詰まるエレンをたしなめるように、カールが厳しい表情で言った。
「エレン殿。戦災遺族を救いたいという、そのお志は立派です。されど、世の中にはできることと、できぬことがございます。我らは我らにできる範囲で、最善を尽くすしかないのです」
数分後。城の廊下を歩きながら、エレンは沈んだ声でエミルに言った。
「まさか、こんなに城に金がないとは・・・・・・いや・・・俺が欲しがった金額が、あまりにも高すぎたのか・・・」
「しかし、エレンさんがしたことは無駄ではありません。エレンさんも僕も、城の懐について知ることができました。これは、今後大きな強みになります」
なんとかエレンを元気づけようと、エミルが明るい調子で言った。
「そうだな・・・しかし・・・ダンやカレンたちに何と言えばいいか・・・」
すっかり落ち込んだ様子のエレンに、エミルはかける言葉を見つけられなかった。2人が重い足取りで城門に辿り着いた、まさにその時――
「ほら!早く歩け!」
「ひぃ!お許しを!!」
2人の衛兵が、1人の囚人を連行しているところであった。衛兵の1人の顔を見た途端、エレンが彼の方へ駆け寄った。
「ウェイド殿!一体、どうしたのです!?」
「おお、義兄上!実はこの者、戦災遺族に贈られる一時金を、不正に受け取っていたことが分かりましてな」
囚人に厳しい視線を向けながら、ウェイドがやや早口で言った。その言葉に、エレンは頭を殴られたような衝撃を受けた。
「一時金を・・・不正に・・・?」
「ええ。スティークの反乱で息子が死んだと言って、一時金を騙し取ったようです。本当は、息子どころか妻もいないのに・・・!」
「お・・・お許し下せえ!つい・・・金がもらえるかもって、出来心で・・・!」
「戦で兄を亡くした私からすれば、こういった者が一番許せませぬ!・・・では義兄上、私たちはこれで・・・」
ウェイドは仲間の衛兵と共に、男を城の中に引っ張っていった。エレンは引っ立てられていく男の姿を、呆然と見つめるしかなかった。
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