救いの手(3)
セルクでの騒動から、数日後。城に帰還したエレンは、財政担当の文官であるニールに、戦災遺族に贈られる基金について確認した。
「確かに、昨年のラダン遠征、およびスティークの反乱で亡くなった兵士の遺族には、一時金を支給しております。ただ・・・合わせて2万人近くの戦死者が出ましたもので、かかった費用も相当なものに・・・」
「そうでしょうな。・・・恥ずかしながら、一時金とはいくらなのですか?」
「金貨を5枚、でございますが」
こともなげに言ったニールの言葉に、エレンは思わず目を見開いた。
「た・・・たったそれだけでございますか!?」
「それだけと仰いましても・・・これでも、かなりの出費となったのです。それにこの制度は、宰相殿が作られた制度にございます。私に文句を言われましても・・・」
「ああ・・・それもそうでございますな。申し訳ありません、ニール殿」
ニールに頭を下げて詫びると、エレンはその足で父の執務室を訪れた。
「おお、エレン。セルクから戻ったか」
「はい。・・・父上、セルク村で、大黒柱を戦で亡くした家族と会いました」
「・・・そうか。それで?」
「恥ずかしながら、先ほどようやく、戦災遺族に贈られる一時金の額を知りました。金貨が5枚・・・これではまるで足りませぬ。3ヶ月もあれば使い切ってしまうではないですか!」
「だからこそ、一時金なのだ。3ヶ月分を賄える額は出すが、それ以上は世話できぬ。何から何まで、城が遺族の面倒を見ろと申すのか?」
「いえ・・・そこまでは、申しておりませぬが・・・!」
頭をかきむしりながら言うと、エレンは自らの考えを述べた。
「されど・・・せめて1年は、遺族が困窮しなくて済むほどの金を出すべきではありませんか?私が見た家族は、その日の暮らしにも困っているようでありました。助けるべき民を助けられずして、何が政でございましょう!?」
勢いよく言ったエレンに対し、ネルソンの表情は冷静だった。そんな父の顔に、エレンはますます熱が入ってしまった。
「こうなったら、私は私なりにやらせていただきます。父上が考えた仕組みとは別の、戦災遺族のための基金を作ります!」
その言葉に、ネルソンがほう、というような表情を向けた。
「面白い。まあ・・・気が済むまでやってみるとよい」
「言われるまでもなきこと。私は・・・私の手で民を救ってみせます!」
それから、数日後。エレンはダンとカレンが住む長屋を訪れると、2人やカイル、そしてエミルを巻き込んで行動を開始した。
「まずは、ラダン遠征とスティークの乱、2つの戦の正確な戦死者を割り出さねばならぬ。カール殿から、戦死した者たちの名が記された台帳を借りてきた。これを参考に、戦死者の数を計算して、いくら金がかかるか確かめる」
「その意気は立派だけどよ・・・俺計算苦手だぜ?大丈夫なのか?」
カイルの問いかけに、エレンが決意のこもった顔で応えた。
「大丈夫だ。いざという時はエミルがいる。多少の計算違いはエミルが何とかしてくれる」
「・・・結局、僕の負担が大きい気がするのですが」
エミルが冷めた目で見つめるのも構わず、エレンは同郷の仲間たちに声をかけた。
「さあ、始めてくれ!俺はトールを捕まえてくる。どうせ城で暇を持て余してるだろう、あいつにも手伝わせる」
「でもエレン、あまりここに人を連れ込むと、ここのみんなとあんたとの繋がりが・・・」
「そのようなこと、もはやだれも気にせぬ。さあ、計算を始めてくれ!俺は早速、トールを捜してくる」
勢いよく長屋を飛び出したエレンを、カレンはため息をつきながら見送った。エレンがトールを連れてきたのは、それから30分ほど経った頃だった。
「頼むトール!幼馴染のよしみだ、手伝ってくれ!」
「まあ、どうせ暇だからいいけどさ・・・・・・それよりエレン、この者たちは・・・?」
初めてカルドの面々を目にしたトールが、訝しそうな表情で問いかけた。
「私の同郷の者たちだ。ここに戻る時に、ついてきてもらった」
「初めまして、トール殿。ダン・クロスと申します」
「妹の、カレン・クロスです」
「エミル・サラザールに・・・」
「カイル・ブレントです。・・・ああ、また間違えた!」
「おお・・・トール・バルデッタだ。よろしく頼む。それでエレン、俺は何をすればいい?」
「計算だ。ラダン遠征とスティークの乱の戦死者の、正確な数が知りたい」
「・・・それ、本当にこの人数でできるのか?正直、俺はできる気がしないぞ」
苦い顔で言ったトールに、エレンは強い口調で応えた。
「できるできないではない、やらねばならんのだ。というわけで、頼むぞトール」
「おお・・・まあ、暇だからいいけど・・・」
その時、長屋の玄関を誰かが叩いた。カレンが計算を止めて立ち上がる。
「あ、私が出るわ。・・・はい、どなたで・・・」
長屋のドアを開けた途端、カレンは凍り付いた。そこには、以前一度だけ出会ったことがある、無機質な表情の黒髪の少女の姿があった。
「サラ・・・さん・・・」
「エレン・・・いる?」
初対面の印象の悪さから、カレンはサラに苦手意識を感じていた。一方のサラはそんな事お構いなしといった様子で、少し尖った口調でカレンに問いかけた。
「え・・・ええ・・・・・・エレン、サラさんよ」
「サラ殿!?・・・なぜ、ここに・・・?」
「お兄様とエレンが、ここに入るの見た。何をしてるのかも聞いた。・・・私も、お手伝いしたい」
思いがけないサラの言葉に、エレンは顔をほころばせた。
「本当か!?いや、助かる!ちょうど、人手が欲しいと思っていたんだ!」
「お、おい、待てエレン!」
サラを長屋に案内しようとしたエレンを、トールが慌てて引き留めた。
「本当に大丈夫か?あいつ、多分いても邪魔になるだけだぞ?」
「しかし、せっかく手伝ってくれると言っているんだ。ここは、力をお借りしよう」
「はあ・・・俺はますます不安になってきたぞ、エレン・・・」
トールの心配をよそに、エレンはサラを長屋に招き入れた。・・・しかし・・・
「50足す6・・・56。56足す、114だから・・・ええと・・・ええっと・・・・・・!」
両手の指を使いながら、サラは必死に計算に励んだ。そんな彼女の様子を見て、トールがため息交じりにエレンに告げる。
「エレン・・・あいつは駄目だ。帰ってもらおう」
「だが・・・せっかく手伝ってくれているのに・・・」
「20歳になって3桁の計算もできないんだぞ、いても足を引っ張るだけだ。・・・サラ、もういいから帰れ。父上も心配するだろ」
「やだ・・・!お手伝い・・・したいの・・・!」
「トール殿、いくら妹だからってその言い方はないだろう」
ダンがサラを庇うようにトールをたしなめたが、トールもむきになったように声を張り上げた。
「いいや、こいつにはこれぐらい言わねば分からんのだ。サラ、もういいから帰れ!お前がいても迷惑なだけだ!」
「その言い方・・・とても妹への言葉とは思えん!トール殿、そなた妹を何だと思っておるのだ!?」
トールの言葉に、ダンも思わず大声を上げた。その時・・・
「いや・・・!大きな声・・・嫌い・・・!」
サラが頭を抱えながら、声を上げて泣き出し始めてしまった。そんな彼女の様子に、ダンとトールが顔を見合わせる。
「これは・・・俺たちが悪いのか?トール殿」
「だな・・・サラ、悪かった。もう泣くな、いい大人なんだから!」
トールがいくら言っても、サラの耳には届いていないようだった。そんな妹にさじを投げ、トールはエレンに言葉をかけた。
「エレン、任せた。こいつはお前を好いてる、お前の言葉なら聞こう」
「結局こうなるのか・・・・・・サラ殿。手伝ってくれたこと、本当に感謝している。だが、ここからは私たちだけでやる。今日はもう、お帰りなされ」
エレンが優しく言葉をかけると、サラは涙に濡れた顔で小さくうなずき、長屋を後にしていった。それをカレンが複雑な表情で見つめ、ダンとトールが再び顔を見合わせる。
「なんか・・・納得いかんな、トール殿・・・」
「俺も納得はしてないが、これも仕方あるまい。・・・ダンと言ったか?俺たち、よき友になれるような気がするな」
「ああ。俺もだ、トール殿。・・・そなた、いくつだ?」
「今年で21になる。そういうそなたは?」
「俺も21だ。それにお互い、妹もいる。・・・俺たち、ますますいい友になれると思わんか、トール殿?」
「ああ。俺もそう思えてきたぞ、ダン」
「・・・友情を深めているところをすまんが、計算を続けてくれんか?」
エレンが低い声でそう言うと、ダンとトールは声を揃えて彼に詫びた。
「「ああ・・・すまん・・・・・・」」
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