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宰相殿のご決断  作者: 髙橋貴一


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救いの手(2)

シャーンの葬儀から、4ヶ月が経った。


春が終わり、季節は秋へと移り変わっている。この間、エレンは彼なりに、父の後を継ぐための活動を始めていた。


「こうしてお会いするのは、初めてですな。文官の、カール・マリクでございます」


エレンはレオナルドの側仕えの合間を縫って、父の側近であるカールと顔を合わせた。彼から、行政について学ぶためである。


「父がお世話になっております。それに・・・同郷のエミルも」

「おお・・・そういえば、あの者もカルドの出身でしたな。いや、あの者はなかなか見込みがあります。ニール殿もディエゴ殿も、将来が楽しみだと言っていました」

「それは何より・・・ではカール殿、私に政について、教えてくだされ」


もちろん、全てを今すぐ吸収できるなどとは思っていない。しかし、徐々にでも学び始めなければ、この先宰相など務まらない。エレンはニールやディエゴとも繋がりを持ち、彼らから財政や司法についても学び始めた。


それだけではない。以前スティークの反乱の際に力を貸してもらった、四将軍とも積極的に交流を持った。元々親しいルシウスだけでなく、同郷のカイルの師であるランスや、四将軍筆頭のゴードンとも、何度か顔を合わせる機会を作った。遠方に所領がある海賊上がりのザメクとだけは、その機会を持てなかったが。


「同郷のカイルがお世話になっております。今後とも、よろしくお願いいたします」

「いえ・・・こちらこそ、エレン殿とは仲良くしたいと思っております。スティークの反乱の際の、あの手際の良さ・・・あれが初陣の総大将などとは、とても思えませなんだ」

「まったくじゃ。しかしおぬし、なぜ今になって我らと交流を持つ?」


ゴードンの問いかけに、エレンは遠慮することなく言った。


「ゴードン殿には失礼なことを申しますが、父ももう50になりました。先代陛下が52で亡くなっておられることを考えると、いつ何があってもおかしくございませぬ。それゆえ・・・」

「それゆえ、今のうちに俺たちとの関係を深めとこうって肚か。ま、その考えも悪くはねえな」


酒を一気に飲み干しながら、ルシウスが小さな笑みを浮かべて言った。


「ところでエレン殿、お前さんももう20歳になった。そろそろ、嫁を持つことを考えたらどうだ?」

「はあ・・・私には、結婚はまだ早いと思うのですが・・・」

「いや、宰相を継ぐ気なら、早いうちに子供は作ってた方がいいぜ?そうだな・・・俺の娘のサラなんてどうだ?前にも言ったろ?あいつはお前さんのことを好いてるってな」

「結局その話ですか。サラ殿が、私を好いてるとはどうしても思えぬのですが・・・」


エレンの言葉に、盃を置いたゴードンが茶化すような笑みで応えた。


「いや、分からんぞ。おぬしが気づいておらんだけで、サラ殿は何かしら気持ちを伝えていたかもしれぬ」

「そうでしょうか・・・まあしいて言うなら、カルドに一度戻った時、歌を贈ってくれました。それに・・・私が倒れた時も、毎日教会で祈りを捧げてくれていたとか・・・」

「決まりだな。サラはお前さんのこと、本気で好いてるぜ」

「エレン殿、差し出がましいとは思いますが、ルシウス殿と縁戚関係になること、悪いこととは思いませぬ。前向きに、ご検討になってはいかがかと」

「・・・結局、私の結婚の話題になっておりますが・・・・・・」



ともあれ、エレンは今後のことを考え、有力者との繋がりを持ち始めている。もちろんそれだけではなく、父がかつて読んでいた軍略書や、政治・経済にまつわる書物など、揃えられる物は何でも揃え、目を通した。そんな折――


「そろそろ、書物での勉強には飽きたであろう?一度・・・領内の巡視に行ってみないか?」


それは、夕食の席で突然、父が提案してきたことであった。


「巡視・・・でございますか?」

「うむ。書物では学べぬことが、領内にはたくさんある。陛下にはわしから申し上げておく。見聞を広めることは、お前のためにもなる」


そして1週間後。エレンはカレンとダン、そして20人ほどの供を連れて、西部にあるセルクという村の巡視に向かった。そこは織物が名産品であり、エルドラ城の貴族も好んで使うほど、品質が良い。


「なるほど・・・普段着ている服は、こういった物から作られているのか・・・」


実際に織物を作る現場を目にし、エレンが感嘆の声を上げた。カレンとダンも初めて目にする織物作りに、興味津々といった様子であった。


「エレン殿、そろそろ刻限でございます」

「そうか。・・・カレン、ダン、そろそろ行かねばならぬ」

「あっ・・・そうね。ほら兄さん、行くわよ」

「ああ、もうちょっと・・・こういうのは、なかなか珍しいから・・・」

「だめよ!」


カレンに首根っこを引っ張られ、ダンが渋々馬に近づく。するとその時、走って遊んでいた数人の子供のうち1人が、エレンの体にぶつかった。


「いたっ!」

「あっ・・・大丈夫か!?」


尻もちをついた子供を心配し、エレンがかがみこんで問いかけた。


「う・・・うん。ありがとう、お兄ちゃん!」

「これ、無礼なことを・・・」


子供を叱ろうとした兵士を、エレンは手を上げて制した。


「よい。・・・気を付けて遊べよ!」

「は――い!!」


無邪気な笑みを浮かべながら、子供たちは去っていった。それを笑顔で見送りながら、エレンが馬に乗ろうとした・・・その時。


「ん・・・?ない・・・財布がない!」

「何!?」


戸惑ったように叫ぶエレンに、ダンが思わず素っ頓狂な声を上げた。カレンがすぐにエレンのもとに駆け寄り、彼を落ち着かせようと声をかけた。


「エレン、落ち着いて。どこかで落としたってことはない?」

「いや、懐の中に入れておいたのだ。落とせば、すぐに気づく・・・はず・・・」


その時、エレンは先ほどぶつかってきた子供のことを思いだした。・・・まさか。そう思いつつ、エレンは遠くに走っていく子供たちに叫びかけた。


「待て!私の、財布を知らぬか!?」


その言葉に、子供たちは一瞬動きを止めてエレンを見た。そしてすぐに表情を歪めると、一斉にわっと走り始めた。


「やはり・・・!待て!!待ってくれ!!」

「兄さん、私たちも追いかけるわよ!」

「お・・・おお!皆様も続いてくだされ!!財布を取り返すのじゃ!!」


こうして、エレンの財布を巡る追いかけっこが始まった。子供たちは小柄な体を生かして大人を翻弄したものの、本気を出した大人の脚力には敵わず次々と追い付かれ、10分ほどが経つ頃には全員が捕らえられた。


「あなたよね?エレンにぶつかってきたのは。お姉さん怒らないから、とった物を出しなさい」


カレンの言葉に、少年はエレンの財布を差し出した。すると騒ぎを聞きつけたのか、子供たちの親が一斉に駆けつけてきた。


「申し訳ございません!!ほれ、お前も頭を下げるんじゃ!!」


エレンの財布を盗んだ子供の母親が、息子の頭を押さえつけながら無理やり頭を下げさせた。あまりの平身低頭ぶりに、謝られているエレンの方が恐縮した。


「いえ・・・そこまでなさらなくとも、結構でございます。しかし・・・その子にも、その子なりのわけがあったのでしょう。・・・聞かせてくれぬか?」


エレンが問いかけると、少年は泣きそうになりながら答えた。


「だって・・・お金が欲しかったんだよ・・・!うちの父ちゃん、去年バラモスで死んじまったから・・・!」

「バラモス・・・まさか、スティークの反乱で・・・?」


エレンの言葉に、子供の母親が重々しくうなずいた。


「うちの亭主は、兵士だったんです。謀反人の討伐に駆り出されて、そこで・・・・・・」

「そうでしたか・・・しかし、亡くなった兵士の遺族には、一時金が出ることになっておりますが・・・」

「確かに、それはいただきました。けれど・・・」

「それだけじゃ、生きてけないんだよ!お兄ちゃん、お城の貴族なんだろ?だったら俺たちに、少しでいいからお金分けてくれよ!!」


叫ぶように言った息子の頭を、母親が音を立てて叩いた。


「この馬鹿もんが!人の物とっていいなんて誰が言った!?」

「でも・・・母ちゃん、お金が足りないっていつも言ってたじゃないか!!だから俺・・・少しでも、足しになればって・・・!」


とうとう、少年は声を上げて泣き出してしまった。エレンのみならずダンやカレンも、親子にかける言葉を失うのだった。

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