救いの手(1)
ここからが、物語全体の第10章になります
レオナルド国王歴4年、春。
王妃シャーンの国葬が、厳かに執り行われた。
彼女の死は、『急な病』によるものということになっている。しかし、参列者でそれを頭から信じている者はいない。みな、シャーンの死の裏側と、そこに至るまでの経緯をある程度悟っている。
エレンも父のネルソンと共に、この葬儀に参列した。しかし、周囲から向けられる冷たい視線に、エレンは居心地の悪さを感じずにはいられない。
(これも全て、父上のせいだ・・・)
沈痛な表情を浮かべる父の姿を見ながら、エレンは心の中で恨み言を述べた。とはいえ、今そのことで父を責めるわけにもいかない。何とももどかしい思いを抱えながら、エレンは国葬が終わるまでひたすら耐えた。
「陛下・・・心より、お悔やみを申し上げまする」
葬儀が一段落するとすぐに、エレンはレオナルドのもとに向かった。レオナルドは疲れ切った表情を浮かべており、その背には、側近であるベイルとサイラスの姿があった。
「うむ・・・わしは、シャーンのことは嫌いではなかった。確かに、家柄を鼻にかけるきらいはあったが、それでもわしのことを愛してくれた。あれが二度と戻らぬと思うと、なんだか不思議な気分になるわ・・・」
弱々しく口にしたレオナルドに、エレンは深く頭を下げた。彼は言うべきかしばらく迷ったが、意を決して口を開いた。
「陛下・・・此度のことは、我が父が・・・」
「エレン殿、そこまでになされ」
エレンの言葉を遮ったのは、厳しい表情を浮かべたサイラスであった。その言葉に続くかのように、レオナルドも口を開く。
「エレン、サイラスの申す通りじゃ。それ以上言えば、わしもお主も苦しくなろう」
「はっ・・・お気を遣わせてしまい、申し訳ございません・・・」
それきり、一同の間に重い沈黙が流れた。その沈黙を破るかのように、ベイルがエレンに声をかける。
「エレン殿、陛下は心身共にお疲れじゃ。本日はもう下がってよい」
「はっ・・・承知いたしました」
3人に頭を下げると、エレンは部屋を後にした。レオナルドは小さくため息をつくと、ベイルとサイラスに声をかける。
「そなたらも、いつでも下がってよいぞ。日は落ちておらぬが、わしは少し横になる」
そう言い残し、レオナルドは寝室に向かった。残されたベイルとサイラスが、顔を見合わせて言葉を交わす。
「陛下は・・・まこと、王妃様を悼んでおいでなのでしょうか?」
「さあのう・・・じゃが、王妃様のお父上は、陛下にとっても少しばかり目障りだったかもしれぬ。・・・もっとも、陛下のお気持ちを、わしらが察することはできんが・・・」
「そうですな。サイラス殿、これからはますます、宰相が力を握りましょう。我らは陛下の盾として、これまで以上に励まねばなりませぬ」
「うむ。そのためにも、エレン殿は欠かせぬ男よ」
その夜。実におよそ半月ぶりに、ネルソンがアルフォードの屋敷に帰ってきた。
「おじいさま、おかえりなさいませ!」
「おおアラン、そなたに会いたくてたまらなかったぞ」
駆け寄ってきた4歳の孫を、ネルソンは笑みを浮かべながら持ち上げて見せた。そんな彼に、この家の嫁であるジャンヌとマリアが頭を下げる。
「義父上・・・長らくのお仕事、お疲れ様でございました」
「お義父様、ぜひリーフにも会ってやってくださいませ。あの子もきっと、お義父様に会えば喜びますわ」
「そうじゃな。だがその前に、エレンと少し話をしたい」
エレンの名が出た途端、ジャンヌの表情がわずかに曇った。マリアがそれに目ざとく気づく中、ネルソンはアランを2人に預け、エレンの部屋に向かった。
「エレン、わしじゃ」
「父上・・・お声に気づかず、申し訳ありません」
書物に目を通していたエレンが、ようやく父の帰宅に気づいて部屋のドアを開けた。父を見つめるエレンの目には、様々な感情が複雑に入り混じっている。
「エレン・・・此度の一件、わしに関して思うところはあろう。なれど、わしの後を継いで宰相になると決めたはおぬしじゃ。嫌なものを多く目にし、また耳にするだろうが、それらから決して逃げてはならぬ」
「はっ・・・私が、甘うございました。お許しを」
ネルソンにそう頭を下げつつ、エレンの目は決して、彼に心から従ってはいなかった。それを十分理解しつつ、ネルソンは話題を変えるように尋ねた。
「ところで、何の書物を読んでおった?」
「はっ・・・父上が、以前読んでおられた軍略書です。もう戦はこりごりではありますが、このような情勢では、いつ次の戦があるか分かりませぬ。私なりに、それに備えたいと思いまして」
エレンが読んでいたのは、まだネルソンがカルドの農民だったころに読んでいた軍略書であった。この書物の知識があったからこそ、ネルソンは一介の農民から国王軍の軍師となり、今の地位にまで上り詰めることができた。アルフォード家にとって、まさに始まりの一冊と呼べる書物である。
「そうか・・・しかし意外じゃな。勉強嫌いのお前が、書物に目を通すとは」
「私ももう子供ではございませぬ。それに、父上の後を継ぐとなれば、様々な知識を身につけねばなりません。私なりに、学んでいる最中でございます」
「うむ・・・なら、好きなだけ学べ。だがその前に、しっかりと飯は食え。頭が働かんぞ」
「あっ・・・もうそのような時間でしたか。すぐに参ります、先に行っていてくだされ」
時間を忘れて勉強していた息子の姿が、何やら急に可愛らしく感じられた。ネルソンはエレンの部屋を出ると、慈しむように小さな笑みを浮かべるのだった。
ご覧いただきありがとうございます。
評価や感想をいただけると、とても励みになります。よろしければ、ぜひお願いいたします




