毒消し(7)
ここまでが、物語全体の第9章になります
シャーンの死は、すぐに城中に広まった。
「・・・何だ?やけに騒がしくなったようだが・・・」
レオナルドの部屋から退去を命じられていたエレンが、右往左往する人々の姿に疑問の声を上げた。するとそこにやって来たダンが、エレンを見つけて声をかけてきた。
「エレン!」
「ダン!どうした、こんな所で?」
「それはこっちのせりふだ。王妃様が倒れたというのは・・・本当か!?」
ダンのその言葉に、エレンの頭は凍り付いた。
「王妃様が・・・お倒れに・・・!?」
エレンはすぐに踵を返すと、先ほど後にした王の部屋に向かった。そこで彼が目にしたのは、呆然と立ち尽くす若き王の姿と、床に虚ろな表情で倒れ伏している、若き王妃の姿であった。
「あ・・・あああ・・・!」
シャーンの体に触れた医師が、残念そうな顔で首を横に振った。医師がシャーンの両目を閉じると同時に、控えていた侍女たちの1人が、白い布を王妃の顔にかけた。
「陛下・・・これは・・・!」
「おお・・・エレンか・・・・・・シャーンは・・・一族のもとに、旅立ったようじゃ・・・・・・」
いつになく虚ろな声で、レオナルドがエレンに応えた。運ばれていくシャーンの亡骸を見ながら、エレンの胸にある疑惑が募っていった。
(まさか・・・これも・・・!?)
「お前さんも考えたな。まさか・・・王妃様の水瓶に毒を混ぜるとは」
シャーンの死から、程なくのこと。ルシウスがネルソンの執務室を訪れると、不敵な笑みを浮かべながら言った。
「王妃様は・・・まこと、聡いお方であられた。身の回りに常に気を配られ、毒を何よりも警戒しておられた。・・・だが惜しいことに、何が毒かの判断を誤られた。・・・我ながら、良い毒消しだと思ったのだがな・・・」
ルシウスに言葉を返すと、ネルソンは手元の野菜を1つかじった。その野菜は、数日前に国王夫妻に献上しようとし、シャーンに断られたカルドの物であった。
「恐ろしい男だな。・・・俺もいつか、お前さんに毒を盛られるか?」
ルシウスが苦笑いしながら問いかけると、ネルソンは野菜をかじりながらルシウスに鋭い視線を向けた。
「盛られたくなければ、そうされぬように生きることだ」
ネルソンのその答えに、ルシウスが小さく笑った。すると執務室のドアが乱暴に開き、肩で大きく息をつくエレンが踏み込んできた。
「おお、エレンか」
「父上・・・ご存じでございますか?・・・王妃様が・・・身罷られました・・・」
「ああ。知っておる」
エレンの言葉に、ネルソンは表情一つ変えなかった。そんな父の姿を見て、エレンの感情が爆発した。
「父上・・・・・・何ゆえ・・・何ゆえここまでされるのですか!?」
エレンのその問いかけに、ネルソンが困ったような表情を浮かべて言った。
「これは・・・妙なことを言い出したものじゃ。王妃様は急な病で亡くなられたのだ。おかしなことを言い出すでない」
「急な病・・・?」
エレンはルシウスがそこにいることに気づくと、彼に視線を向けて問いかけた。
「ルシウス殿も、そのようにお考えですか・・・?」
その問いかけに、ルシウスは微笑を浮かべたまま答えなかった。エレンは声を震わせながら、父に向かって言葉を投げかけた。
「私には・・・父上が分かりませぬ!」
「今は・・・分からずともよい。だがいずれ・・・お前もわしと同じになる」
父の言葉を否定するように、エレンは首を大きく横に振った。
「いいえ・・・なりませぬ・・・!あなたの・・・あなたのようにだけは、絶対になりませぬ!!」
そう父に言い残すと、エレンは大股で部屋を去っていった。そんな彼の脳裏に、先ほど父が投げかけた言葉がよみがえる。
――いずれ・・・お前もわしと同じになる――
「ならぬ・・・!なって・・・たまるか・・・!」
その日の夕方。息子のアランを庭で遊ばせながら、ジャンヌが物思いにふけっていた。
「お義姉様、アラン殿、風が出てまいりました。中に入りましょう」
マリアがそう呼びかけると、ジャンヌは我に返ったように小さく声を上げた。彼女はアランに目を向けながら、義妹に向かって問いかける。
「マリア殿・・・そなた、エレン殿をどう思う?」
「エレン殿・・・ですか?」
突然の問いかけに困惑しつつ、マリアは自らの考えを述べた。
「優しいお方・・・いえ、優しすぎると言った方が、正しいかもしれません。あの方は、他人の気持ちを思いやることができます。素晴らしいことではあるのですが、時折それが、あの方にとって重荷にしかなっていないのでは・・・と感じることがあります」
マリアの言葉に、ジャンヌがアランを見つめたまま応えた。
「そう・・・優しすぎるのだ、エレン殿は。だからこそ、葬るべき敵に情けをかけ、罪人の首を下してくれなどと叫べる。あの優しさは、城で生きていく上では妨げにしかならぬ」
断じるようにそう言うと、ジャンヌはため息をつくかのように言葉を発した。
「だが・・・義父上は、そんな男にこの家を継がせようとしておられる。私には・・・それが不安でならぬ」
「お義姉様・・・?」
義姉が纏うただならぬ気配を察し、マリアが怯えたような目を彼女に向けた。すると庭で遊んでいたアランが、弾けるような笑顔で母のもとに走ってきた。
「ははうえ!ははうえ――!!」
駆け寄ってきた息子の体を、ジャンヌは強く抱きしめた。彼女はアランの頭を撫でながら、マリアに向き直って言った。
「マリア殿・・・この家に嫁いだ以上、もはや我らも船から降りることはできぬ。それが・・・この家に身も心も捧げた、我らの宿命であろう」
「・・・お義姉様・・・一体、何をなさるおつもりですか・・・?」
マリアの問いに、ジャンヌが答えることはなかった。彼女は息子の頭を優しく撫でながら、沈みゆく夕日をじっと見つめていた。
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