毒消し(6)
ジェームズの死から、1週間が経った。その間、ネルソンは城に寝泊まりし、一度も屋敷に戻っていない。
「宰相殿、カルドより荷が届きました」
「おお・・・来たか」
カルドから届いた荷物に、ネルソンは小さな笑みを浮かべた。彼はその荷物を携え、再びシャーンのもとを訪れた。
「それは・・・何です?」
シャーンが憔悴しきった顔で、ネルソンが持ってきた物に目を向けた。それは、かごに山と積まれた野菜であった。
「故郷のカルドから、取り寄せた物でございます。この城下に越してきてからは、カルドの物を食す機会がなくなりましてな。故郷の味が恋しくなると、こうして取り寄せているのです。数が思ったよりも多かったもので、陛下と王妃様に献上しようと思った次第です」
淀みなく説明したネルソンに、シャーンは皮肉そうな目を向けた。
「そうか。陛下とわたくしに、そなたの余りものを口にせよと?」
「あ、いえ、決してそのようなつもりは・・・・・・なれど、この野菜はカルドの名物でございます。ぜひ・・・陛下と王妃様にも召し上がっていただければと・・・」
「結構です。そなたのことじゃ。その野菜に毒でも混ぜているのではないか?」
シャーンの目に、かつての鋭さがよみがえった。ネルソンは呆気にとられた表情で、シャーンの問いかけに言葉を返した。
「とんでもない・・・私はただ、王妃様のお心が少しでも安らげばと・・・」
「安らぐ・・・?わたくしの心が・・・?」
そう口にしたシャーンの目に、怒りと憎しみの炎が宿った。彼女はネルソンを睨みつけると、思いの丈を彼にぶつけた。
「わたくしの父と兄・・・一族を皆殺しにしておきながら、よくもそのような口を・・・!」
「恐れながら、お父上とご一族は謀反を企んだのです。謀反人を生かしておくことはできませぬ」
落ち着き払った表情で、ネルソンはシャーンに言葉を返した。シャーンは荒い息をつきながら、ネルソンに視線を向けて言った。
「・・・気持ちは、ありがたく受け取っておく。なれど・・・わたくしはそなたの施しなど受けぬ。・・・決してじゃ!」
シャーンは踵を返すと、すたすたとネルソンの前から去っていった。ネルソンは野菜を積んだかごを手に取ると、その場から立ち去るのだった。
(おのれ・・・どこまでも、馬鹿にしおって・・・!)
それから、3日が経った。シャーンの中で、ネルソンへの恨み、憎しみ、怒りといった、負の感情が積み上がっていく。彼女は自分を落ち着かせるように、水瓶からコップに注いだ水を飲み干した。
(あの男・・・あの一族・・・決して、このままでは済まさぬ・・・!父上や・・・兄上たちの無念、必ずこのわたくしが晴らしてくれる・・・!)
もはや、シャーンは自分を抑えることができなかった。彼女は決意を固めると、エレンと遊んでいる夫のもとを訪れた。
「シャーン・・・」
「エレン、外しなさい。陛下と、2人きりで話がしたいのです」
「はっ・・・では陛下、私は一度下がります」
国王夫妻に頭を下げると、エレンは一旦部屋を後にした。彼の気配が完全に消えると、シャーンはレオナルドの目を見つめて言った。
「陛下・・・やはりわたくしは、宰相とその一族を許すことができませぬ。どうか・・・どうか今一度、わたくしに機会をくださいませ」
「・・・シャーン。そなたの無念は察するが、今のそなたでは宰相には勝てぬ、あやつは、此度の一件で連座した文官たちの後釜に、己の息がかかった者たちを据えた。将軍たちもあやつの味方ぞ、そんな状況でどうやって勝つ?」
レオナルドは妻を落ち着かせようとしたが、シャーンも引き下がるわけにはいかなかった。
「このままでは、あの者がこの国を乗っ取ってしまいます!それに・・・あの男が死んだところで、エレンがいては同じことでございます。この国は今や、あの一族の私物!それを取り戻さないことには、死んだ父や兄も浮かばれませぬ!」
「シャーン・・・」
レオナルドの言葉が耳に入っていないかのように、シャーンは彼の手を取って訴えかけた。
「陛下・・・どうかもう一度、わたくしに機会を!わたくしは、父と同じ轍は踏みませぬ。必ずや、宰相とその一族を排除して・・・!」
と、その時であった。シャーンが言葉を詰まらせると、自らの喉に両手を添えた。彼女は苦しそうな表情を浮かべながら、喘ぎ声を上げてその場に崩れ落ちた。
「シャーン・・・?シャーン、いかがした!?」
レオナルドの呼びかけに、シャーンは言葉を返せなかった。彼女は口から大量の唾液を吐きながら、勢い良く床に倒れ伏した。
「シャーン!シャーン!!誰ぞ・・・誰ぞ医者を!!・・・シャーン!!シャーン!!」
シャーンの体を抱きかかえながら、レオナルドは必死にその名を叫び続けた。しかし、見開かれたシャーンの目は徐々に虚ろとなっていき、やがて彼女の呼吸も止まった。
「シャーン!シャーン、応えよ!!シャーン!・・・シャーン・・・!」
レオナルドの悲痛な叫び声が、むなしく部屋に響き渡った。――後のエルドラに、『ベルナードの変』として伝わる一連の事件は、こうして幕を閉じるのだった。
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