毒消し(2)
ネルソンへの包囲網は、確実に狭まり始めている。
「王妃様、お喜びくだされ。文官の半数が、宰相の弾劾に協力すると申し出てくれましたぞ」
娘のシャーンにそう言葉をかけると、ジェームズは1枚の紙を差し出した。それは、彼に味方する者たちの名が記された、ネルソン弾劾の連判状であった。
「父上、よくぞここまでことを進めてくださいました。・・・なれど、あの男を侮ってはなりませぬ。あの者は、並の手段で倒せる男ではありませぬ」
「その通りでございます。だからこそ、法に基づく正攻法で行くのです。近く開く予定の緊急会議、その出席者の過半数の賛成があれば、宰相を罷免させることができます。もし宰相がそれを拒めば、それはこの国の法に背くということ。逆賊として、正当な理由で討つことができまする」
自信満々で言ったジェームズに、シャーンが釘をさすように言った。
「しかし、今のままではまだ、過半数には達しますまい。四将軍からは、あの男の盟友であるバルデッタが出席しましょう。あの者が、宰相に不利なことをするとは思えませぬ」
かつて、ネルソンの出世の契機となった内乱で活躍した、ルシウスを始めとする『五将軍』。その1人であったギル・スティークが、反乱の末にエレンに敗れて命を落としたことで、今では『四将軍』の名で呼ばれることが多い。
「仰る通り。ですが、どの道四将軍の力など当てにはしておりませぬ。あの者たちは元々、宰相と近い立場ですからな」
「ええ。・・・父上、ウォンデーヌの二の舞は許されませぬ。なんとしても、あの一族を排除せねば・・・!」
その夜。エレンは城勤めを終えると、久しぶりにカルドの仲間たちの長屋を訪ねていた。
「おお、エレン!やっと城勤めに復帰か!危篤って聞いた時はどうなることかと思ったぜ!」
エレンの肩を叩きながら、カイルが心から嬉しそうに言った。
「ああ、カイルとエミルにも心配をかけた。これからも、よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします、エレンさん。・・・城の雰囲気の変化、もう感じ取られましたか?」
カールのもとで文官の修行をしているエミルが、神妙な表情でエレンに問いかけた。
「ああ・・・城の雰囲気が、以前より固く・・・そして冷たくなっている。もっとも、父上がやったことを思えば、こうなるのも仕方ないとは言えないが・・・」
「ランス将軍も、前に比べて元気ないんだよなあ。俺も正直、ちょっと居心地悪く感じてるぜ」
カイルはこれまで通り、五将軍の1人であるランスの指導を受け、城に仕える正規兵を目指している。そのカイルも、そして彼が仕えるランスも、今の城の雰囲気をあまりよく感じていないらしい。
「それにあの新しい文官たち、よほど口が堅い連中と見える。奴らの従者がたまに厩舎に来るが、無駄口一つ叩きゃしないぜ」
厩舎で働きながら間者の役目をこなしているダンが、苦い表情で声を上げた。そんな彼に、エレンがふと思い出したように問いかける。
「そういえばダン、俺が倒れた時、なぜおまえが屋敷にいたんだ?使用人として働くカレンはともかく、お前たち3人はあまり屋敷に近づくなと言われているだろう?」
「ああ・・・それがな、宰相殿からお許しを得たんだ。月に3度までなら、屋敷に顔を出してもいいと」
「そ・・・そうだったのか・・・」
「ま、俺はスティークの反乱の時、カレンと一緒にお前の側にいただろ?だからもう隠す必要もないと、宰相殿も思ったんじゃないかな」
「けど、俺とエミルはまだ、屋敷に行っちゃいけねえんだと。ダンが羨ましいぜ、俺たちも早く手柄上げねえと。なあ、エミル」
「はは・・・そうですね。今のままでは、お互いに不自由ですから」
――いつかは、このようにこそこそとしながらではなく、カルドで過ごしていた時のように堂々と顔を合わせたい。この時、4人の男たちは皆、そう思っていた。
「エレン、そろそろ屋敷に戻った方がいい。あまり長居すると、誰かに見られるかもしれぬ」
「ああ・・・とにかく今は、これまで以上に注意を払わねばならぬ。首席顧問官とその一族に、付け入る隙を与えてはならん」
その日の深夜。閨でレオナルドの体を抱きしめながら、シャーンが微笑を浮かべて言った。
「陛下・・・もうすぐこの国は、真の意味であなたのものになりまする。誰に煩わされることもなく、陛下がご自身の意思で国を動かすことができる・・・・・・わたくしも父も、その日のために働いておりまする」
「うむ・・・シャーン、そなたの気持ち、ありがたく思うぞ。なれど・・・宰相は手ごわき相手ぞ。まことに、そなたやジェームズで太刀打ちできるか?」
夫のその問いかけに、シャーンは強い決意を目に込めて答えた。
「できまする。必ずや、あの男をこの国から消して御覧に入れまする。陛下はそれを、楽しみにお待ちくださいませ・・・」
レオナルドの顔に両手で触れると、シャーンは自らの唇を夫の唇に重ねた。もはや後には退けず、先に進み続けるしかないことを、エレンと同い年の王妃は十分心得ている。
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