毒消し(1)
ここからが、物語全体の第9章になります
レオナルド国王歴4年、春。
イリアの死から2週間後、ついにエレンは城勤めに復帰することとなった。
「では・・・行ってまいります」
「うむ。武運を祈っているぞ、エレン殿」
ジャンヌとマリア、そしてカレンに見送られながら、エレンは城へと向かい始めた。隣家だった旧ウォンデーヌ邸は、数日前から取り壊しが始まっている。
(イリア殿・・・・・・俺は、そなたのような犠牲者を二度と出したくない。故に戦う・・・宰相に・・・なるために・・・!)
亡きイリアに誓いながら、エレンは大股で城へと向かった。そして城門に辿り着いた時、そこを警護していた衛兵が声をかけてきた。
「義兄上!今日から復帰でございますか!?」
「ウェイド殿!・・・ええ。長らく心配をかけましたが、今日より再び、城勤めを始めます」
エレンに声をかけてきたのは、妹のミアの夫であるウェイドだった。彼はエレンの復帰を喜びつつ、顔をしかめながらエレンにささやきかけた。
「お気をつけなさいませ。お城の雰囲気は、以前とは大きく変わっております」
「ええ・・・父から聞きました。首席顧問官が、ご自身の一族や息がかかった者たちを、文官に登用したとか」
「はい・・・義兄上も、どうかお気を付けて」
ウェイドの忠告に頭を下げて応えると、エレンは城の中に入った。その瞬間、自身を見つめるいくつもの冷たい視線、そして身を包む凍り付くような雰囲気に、エレンは思わず足を止めた。
(知らぬ顔が増えた・・・なるほど。父上やウェイド殿の言うことも、あながち嘘ではない・・・)
エレンに冷たい視線を送る者は皆、彼が初めて城で見る顔であった。彼らはおそらく、ジェームズに近しい者たちなのだろう。つまり新しい文官、もしくはその従者たちである。
ともあれ、エレンはまずは国王に挨拶せねばと思い、彼の部屋に向かい始めた。すると近くの角から現れた青年が、エレンに声をかけてきた。
「エレン・アルフォード殿でございますな?わたくし、ロベルト・ベルナードと申します」
「ロベルト・・・ではあなたが、首席顧問官のご子息の?」
エレンがそう問いかけると、ロベルトは余裕綽々といった表情で笑みを向けた。
「左様にございます。この度は、大変な目に遭われましたな。心より、お見舞い申し上げます」
「いえ・・・もう過ぎたことでございます。それよりも、文官になられたとか」
「左様。ウォンデーヌの謀反で、多くの文官が連座しましたからな。今この城に必要なのは、政を前に進めるための調和でございます。わたくしも父も、それを守るべく努めております」
「はあ・・・では、私はこれで」
「わたくしも失礼いたします。これより宰相殿を交え、評議を行いますゆえ」
エレンに軽く頭を下げると、ロベルトは去っていった。父から聞かされたとおり、油断ならない男だ、とエレンは思った。
(調和、か・・・・・・要はその調和に、父上は邪魔ということなのだろう・・・・・・)
ロベルトの言葉からは、そんな悪意が感じられた。とはいえ、今自分がどうこうできることでもない。エレンは気持ちを切り替えると、国王の部屋へと足を踏み入れた。
「おお・・・待っておったぞ、エレン・・・!」
エレンの姿を見るなり、レオナルドは喜色満面になった。一方、彼の隣に立つ王妃のシャーンは、エレンを複雑そうな表情で見つめている。
「長らく、ご無沙汰いたしました。本日より、お側仕えに復帰いたします」
「うむ。そなたが戻る日を、今か今かと心待ちにしておった。・・・シャーン、悪いが外してくれ。今は、エレンと2人きりで遊びたいのじゃ」
「・・・承知しました。陛下が、そのように仰るなら」
一瞬エレンを鋭く見つめると、シャーンはいそいそと去っていった。彼女の気配が完全に消えると、レオナルドは苦笑いしながらエレンに言った。
「宰相から聞いておろう?いささか・・・わしもやり辛くてな」
「大方の事情は、父から聞いております。首席顧問官が、身内の方々を、多く登用されたと・・・」
「そこにきて、首席顧問官はシャーンの父じゃ。わしも、簡単には歯向かえなくてのう」
自嘲するように小さく笑うと、レオナルドは気持ちを切り替えるようにエレンに告げた。
「さて、久しぶりじゃ。今日は、何をして遊ぼうかの」
その頃。エレンの父・ネルソンの姿は、多くの文官が集う会議室にあった。そこでは、民からの訴えを吟味し、これに対応するための評議が行われている。
「西部アギトの住民から、訴えが出ております。天候不順により河川の氾濫が起こり、多くの田畑が被害を受けたようにございます。このままでは、年貢を納めることができぬとか」
カールの報告を受けたネルソンが、重々しい表情で口を開いた。
「それは一大事じゃ。あの辺りはただでさえ土地が瘦せており、他と比べても作物の収穫量は少ない。そこにきて田畑が使えぬとなれば、年貢どころかその日の食い物すら怪しくなる。・・・いかがだろう方々。ここは1年、年貢を免除し、逆に食料を援助するというのは?」
ネルソンの言葉に、カールやニール、ディエゴといった、ネルソンに近い文官たちがうなずいた。話を書きまとめていたエミルが、ちょうどペンを止めたまさにその時――
「それは、いかがでございましょうか。確かに天候不順は人の意思ではどうにもならぬもの。かといって、年貢を全て免除となれば、他の地から反発が上がりましょうぞ」
ネルソンの言葉に待ったをかけたのは、先ほどエレンと言葉を交わした新たな文官・ロベルトであった。
「まずは民が生きていくことこそ肝要。年貢は昨年までの蓄えで何とかできるが、人の命は替わりが利かぬ」
「とはいえ、年貢をまるで取らぬとなれば、この国の減収につながりまする。・・・いかがでしょう方々?アギトの年貢は常の4割から、3割5分に減らします。そして他の地で豊作の所があれば、その年貢を5割に引き上げるのです。さすれば城は損をせず、かえって得になりましょう。アギトの住民も飢死にせずとも済む」
ロベルトの言葉に、文官たちから賛同の声が上がった。ロベルトが得意げにネルソンに視線を向ける中、彼の主張の採用が決定されるのだった。
「ふん。あんなものが評議と呼べようか。宰相殿、このままでは連中の思う壺ですぞ」
およそ1時間後。評議が一旦休憩となると、ディエゴがニールとカールを伴ってネルソンに苦言を呈した。
「分かっておる。なれど、今は奴らが多数派じゃ。下手に歯向かっては、あちらに格好の口実を与えてしまう」
「では・・・我らは、いかにすべきでしょうか・・・?」
小心者のニールが問いかけると、ネルソンは表情を変えずに答えた。
「待つのじゃ。いずれ、逆転の目が出よう。それまで・・・待ち続けるのじゃ」
ご覧いただきありがとうございます。
評価や感想をいただけると、とても励みになります。よろしければ、ぜひお願いいたします




