涙の先(6)
ここまでが、物語全体の第8章になります
――その通達は、夕刻になって突如もたらされた。
「・・・首席顧問官・・・もう一度・・・仰っていただけますかな・・・?」
ジェームズと対峙するネルソンが、声を震わせながらジェームズに告げた。ジェームズは得意そうな顔で、ネルソンに堂々と言葉を返す。
「おお、何度でも言おうぞ。先のウォンデーヌの謀反に連座し、文官たちの多くが死罪となった。その席に、我が息子ロベルトと、我が領内で政の実績を上げた者たちを着ける。すでに陛下のお許しもいただいておる。明日よりこの者たちが、文官としてお世話になる」
「ジェームズ・ベルナードが長子、ロベルト・ベルナードでございます。宰相殿、文官の皆様、明日より御指南のほど、よろしくお願いいたします!」
ロベルトも父に続くように、堂々とネルソンやカールたちに頭を下げた。彼が連れてきた者たちも、次々と名を名乗っては、ネルソンたちに頭を下げていく。
(これは・・・大変なことになるぞ・・・!)
カールと共にその光景を見ていたエミルが、心の中で思わず声を上げた。それからおよそ1時間後、カールは同僚のニールとディエゴを連れ、ネルソンの執務室を訪れた。
「あまりにも、あからさまでございます!首席顧問官はどのような手を使ってでも、宰相殿を蹴落としたいとお考えか!」
普段は小心で控えめなニールが、今回の人事に思わず感情的な声を上げた。そんな彼を落ち着かせるように、カールとディエゴが口を開く。
「しかし、我らが文句を言えぬのもまた事実。ただでさえ文官は不足しておりますし、何より・・・ウォンデーヌ殿の謀反を利用し、政敵を一掃したのは我らでございますれば・・・」
「まこと、嫌な手を打ってきたものじゃ。しかも相手は王妃様のお父上、正面切って立ち向かうこともできぬ。・・・宰相殿、いかがなさるおつもりじゃ?」
ディエゴの問いかけに、ネルソンは両手を組みながら静かに答えた。
「今は・・・様子を見る他あるまい・・・・・・なれど・・・あまりにも向こうが図に乗るようであれば、その時は・・・考えねばならぬ・・・・・・」
その夜。カレンから夕食を受け取ると、エレンはそれを全て平らげた。これまで食事を残しがちだったエレンの変化に、カレンが思わず目を見開いた。
「カレン・・・少し、肩を貸してくれぬか?」
「え・・・?いいけど、どうしたの?」
「ジャンヌ義姉上に、先ほどの無礼を詫びねばならぬ。・・・それに、父上が帰ってきたら、言いたいこともある」
エレンの真意は分からなかったが、カレンはその願いを叶えてやりたいと思った。早速エレンに肩を貸すと、マリアや息子のアランと夕食を取っていた、ジャンヌのもとに足を運ぶ。
「エレン殿・・・?」
「義姉上・・・先ほどは、無礼なことを申しました。お許しくださいませ」
ジャンヌと真正面から向き合うと、エレンは深々と頭を下げて謝罪した。
「義姉上は・・・私を励まそうとなさっていた。その思いに気づくことができず・・・申し訳ございません」
「・・・よい。私も少し、言い過ぎたかもしれぬ・・・・・・すまん」
ジャンヌも謝罪の言葉を述べると、エレンに深く頭を下げた。顔を上げた2人が小さな笑みを向け合うと同時に、家のドアが開く音が聞こえた。
「あっ、お義父様ですわ。・・・私が出迎えに・・・」
「いえ、私が行きます。カレン、頼む」
「はい」
ネルソンを出迎えに行こうとしたマリアを制すると、エレンはカレンの肩を借りて玄関に向かった。ネルソンは疲れ切った表情を浮かべていたが、エレンとカレンが姿を見せると、彼は思わず声を上げた。
「エレン・・・」
「父上・・・お帰りなさいませ」
父に深く頭を下げると、エレンは自らの決意を口にした。
「父上・・・私は・・・あなたの後を継ぎまする。この家の当主だけではなく・・・宰相の位も、継ぎとうございます」
「・・・!エレン・・・!」
エレンの言葉に、カレンが驚きの声を上げた。一方のネルソンは小さな笑みを浮かべながら、息子の目を見つめて問いかけた。
「修羅の道ぞ。歩いていくだけの覚悟はあるか?」
「はっ。どのような道でも、進んでみせまする」
「宰相になって、叶えたいことでもできたか?」
「はい・・・私やイリア殿のような者を、二度と生まぬ世を作りとうございます!」
その言葉には、ネルソンもカレンもこれまで感じたこともないほど、強い決意が宿っていた。ネルソンは小さくうなずくと、エレンの肩に手を置いて言った。
「気持ちは分かった。が・・・まずは体を治せ。早いところ、城に戻ってもらわねば困る」
「はっ・・・さてはまた、何かあったのでございますな?」
「うむ・・・厄介な相手が現れてな・・・・・・」
「シャーンよ。本当に、そなたの父に全て任せてよいのだな?」
深夜。閨で妻のシャーンと体を重ね合いながら、レオナルドが物憂げに問いかけた。
「ええ・・・陛下は、何も心配することはございませぬ」
恍惚とした表情で言うと、シャーンは夫の顔に両手で触れた。
「全て・・・わたくしと父にお任せくださいませ・・・」
あどけない顔にぞっとするような笑みを浮かべながら、シャーンは夫の唇に自らの唇を重ねた。――もはや、動き始めた黒い濁流を、誰も止めることはできない。
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