涙の先(5)
「そうですか・・・エレン殿と、そのようなことが・・・」
ジャンヌがエレンの部屋を去ってから、程なくのこと。彼女は義妹のマリアに、先ほどのエレンとのやり取りを伝えていた。
「優しすぎるのだ、エレン殿は。罪人の首を下すように頼むなど、とても宰相の後継ぎのすることとは思えぬ」
「・・・イリアさんとは、親しい仲でしたから。それにまだ、エレン殿が宰相を継ぐと決まったわけでは・・・」
「いや、義父上はそうお考えだ。・・・だからこそ、あのようでは困るのだが・・・」
苦虫を嚙み潰したような表情でジャンヌが言うと、マリアが何かを決意したように言った。
「一度・・・私が話をしてみます。思えば・・・エレン殿が目を覚まされてから、ちゃんとお話ができていませんでした」
そう言うが早いか、マリアはエレンの部屋に向かった。彼女は部屋のドアを叩くと、中にいるエレンに声をかける。
「エレン殿。少し、よろしいですか?」
「マリア義姉上・・・ええ。お入りください」
エレンの返事を受け、マリアがゆっくりと部屋に足を踏み入れた。彼女は穏やかな笑みを湛えながら、エレンが上体を起こすベッドまで足を進める。
「お義姉様から聞きました。少し・・・口論になったそうですね」
「ええ・・・少し、言いすぎてしまったかもしれませぬ・・・」
苦い表情で言ったエレンに、マリアは優しく微笑みかけた。
「本当に、優しいお方ですこと。・・・その優しさゆえに、いつも・・・今も、苦労してらっしゃいますね」
エレンの肩にそっと手を置きながら、マリアが少し表情を厳しくして言った。
「なれど、いつまでも過去に囚われていてはなりません。イリアさんのことは、もう終わったことです」
「・・・分かっています。頭では・・・分かっているのですが・・・!」
表情を歪めながら言った義弟に、マリアは小さな笑みを向けて言った。
「以前・・・私の両親の話をしましたね。私の母は・・・私が生まれてすぐ死にました。父は男手一つで私を育て、私が12歳の時に、戦で命を落としました」
「ええ・・・ずいぶん苦労なさったと、うかがいました・・・」
「ええ、大変でしたわ。ずっと育ててくれた父が亡くなって、私は毎日泣いていました。・・・それでも、父の言葉があったからこそ、私は前を向き、生き続けることができたのです」
「お父様の・・・言葉・・・?」
問いかけるようなエレンの言葉に、マリアはうなずきながら応えた。
「人の目は、何故顔の正面についてると思いますか?・・・それは、前を見据え、先に進むためです。後ろを向いてばかりでは、先に進むことはできません。父は・・・何度も私に、そう言ってくれました」
「前を見据え・・・先に・・・進むため・・・」
「そう。ルーカスを亡くしたあの時も、私はこの言葉をずっと思い浮かべていました。私が立ち直ることができたのは、おなかにリーフがいたからだけじゃない。幼いころに、父にかけられたこの言葉に、私は救われたのです」
そこで一旦言葉を切ると、マリアはエレンの目を見つめて続けた。
「イリアさんのこと、忘れろなどというつもりはありませぬ。むしろ・・・あなたの思い出として、決して忘れてはなりません。しかし・・・過ぎた過去に囚われていては、あなたは一歩も前には進めませぬ。そんな姿を・・・イリアさんが喜ぶとお思いですか?」
その時。エレンの脳裏に、父と義姉からかけられた言葉がよみがえった。
――わしは己の行いを悔いてはおらぬ。・・・お前と違ってな――
――いい加減、自分を責めるのはやめた方がいい――
2人から声をかけられたときは、いずれも冷たい響きにしか感じられなかった。だが、今は違う。2人はそれぞれ自分なりに、励ましの言葉をかけてくれていたのだ。
――あんたは・・・あんたができることを精一杯やった・・・!それで・・・それで十分のはずよ・・・!――
カレンがかけてくれた言葉が、胸の中に蘇った。エレンはそれぞれの言葉を噛み締めながら、涙に濡れた目をマリアに向けた。
「そうですな・・・・・・後ろを向いていては・・・先には一歩も、進めませんな・・・・・・!」
そう口にしたエレンの顔には、小さな笑みが浮かんでいた。マリアは両目を潤ませながら、力強く義弟にうなずきかけるのだった。
一方。エルドラ城のジェームズ首席顧問官のもとを、複数の人物が訪れていた。
「おお・・・ロベルト、来たか」
「はっ。父上の仰せの通り、信が置ける優秀な者たちを、連れてまいりました」
ジェームズと似た顔のロベルトと呼ばれた青年が、背後に控える男たちに目を向ける。彼らはいずれもジェームズのことを、恭しく見つめている。
「よし。これより直ちに、陛下と王妃様のもとへ行くぞ」
「はっ!」
ジェームズはロベルトと男たちを、直ちにレオナルドとシャーンのもとに案内した。ロベルトの顔を見た途端、シャーンは顔をほころばせた。
「兄上・・・お久しゅうございます!」
「はっ。王妃様、ご機嫌麗しゅう・・・」
「・・・首席顧問官よ。その者たちは、一体誰じゃ?」
訝しそうに問いかけたレオナルドに、ジェームズが目を底光りさせながら応えた。
「我が長子ロベルトと、我が領内で政に取り組んでいる、優秀な者たちにございます。・・・陛下に、折り入ってお願いしたきことがございまする・・・!」
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