涙の先(4)
エレンが目を覚まして、2日が経った。この2日間、アルフォード家は少しばかり賑やかになった。
「良かった・・・お兄様が目を覚まして・・・」
まず、エレンが目覚めた翌日に、妹のミアが夫のウェイドと共に、兄を見舞いにやって来た。2人の手には、色とりどりの花束が握られている。
「心配をかけて・・・すまなかったな・・・」
「なんの。ミアはずっと、義兄上がお目覚めになると、信じておりました。この花束も、2人で育てた花を使いました」
ウェイドが差し出した花の美しさに、エレンの顔に小さな笑みが浮かんだ。
「美しい・・・さすがはウェイド殿・・・・・・ミア・・・お前は昔から、短気で頑固な女子だった。ウェイド殿を・・・困らせてはいないだろうな?」
「もう!なんで私がお兄様に心配されなきゃいけないのよ!?せっかく心配して来たっていうのに!」
むきになって頬を膨らませる若い妻に、ウェイドが思わず声を上げて笑った。その笑顔に釣られたのか、目覚めてから曇りがちだったエレンの顔に、ほんのわずかに暖かい光が宿った。
「いやー、心配したんだぞエレン!もしお前が死んじまったら、城での友人が1人もいなくなっちまうからな!」
さらに、翌日。ルシウスの子であるトールとサラの兄妹が、エレンを見舞うためにアルフォードの屋敷を訪れた。
「心配をかけたな、トール・・・」
「ま、俺はお前が死ぬわけねえとは思ってたけどさ。俺よりもこいつの方が心配してたぜ。毎日教会に通って、お前が目覚めるのを祈ってたぐらいだ」
サラを顎で示しながら、トールが遠慮のない口調で言った。その言葉を受け、サラの顔がわずかに赤くなった。
「言わないで・・・恥ずかしい・・・」
「そうだったのか・・・・・・ありがとう、サラ殿」
エレンが小さく頭を下げると、サラの顔がますます赤くなった。
「生きてて・・・良かった・・・・・・お祝いに・・・歌を・・・あげる・・・」
「歌・・・?それは・・・もしかしたら・・・」
数年前の思い出が、エレンの頭に蘇った。サラはすーっと息を吸うと、澄んだ声で歌い始めた。
「母のない鳥は・・・」
「やっぱりそれか!やめろサラ!めでたい場なのにそんな不気味な歌!」
トールが大声で遮ると、サラは口を尖らせて反論した。
「不気味じゃない・・・古くから伝わる子守唄・・・!」
「まあまあ、ここで喧嘩せずとも!・・・サラ殿。気持ちは、十分伝わった。ありがとう・・・感謝する」
再び頭を下げたエレンに、サラが照れくさそうな笑みを浮かべた。2人が屋敷を後にすると、カレンがエレンの部屋までやってくる。
「本当は、カイルとエミルもお見舞いしたいって言ってたわ。だけど・・・宰相様の言いつけだから・・・」
「ああ・・・父上は、カイルたちとこの家の繋がりを、外から勘繰られたくないのだろう。ミアの結婚式が、例外だったんだ」
そう応えたエレンの表情は、目覚めた直後に比べればずいぶん明るくなっていた。それだけでなく、この2日間で体の方も回復が著しく、まだだれかの助けこそ必要なものの、立って歩くことも可能となっている。
「エレン・・・分かってるとは思うけど、これからも無理はしないでね・・・?」
「ああ・・・分かってる。ありがとう、カレン」
先日、死んでいた方が幸せだったかもしれない、とまで言っていたエレンが、ここまで持ち直したことにカレンは安堵した。しかし、彼女が部屋を後にすると、エレンは暗い表情で窓から見える館に目を向けた。
「エレン殿。少し、よろしいか?」
その時、ドアの外から声が聞こえた。その声は、義姉のジャンヌのものであった。
「はい・・・どうぞ」
エレンがそう言葉を返すと、ジャンヌが部屋に入ってきた。彼女はエレンが見つめていた、旧ウォンデーヌ邸に視線を向けた。
「ウォンデーヌの屋敷は、取り壊すことになったそうだ。あのようなことがあったのだ、だれも住もうとは思うまい」
「そう・・・ですか・・・・・・」
ジャンヌの言葉に、エレンの表情がさらに昏くなった。そんな彼に厳しい視線を向けると、ジャンヌはたしなめるように言った。
「いつまでそんな顔をしているのだ?この一件、そなたは被害者でしかない。いい加減、自分を責めるのはやめた方がいい」
「なれど・・・私が、バリー殿を連れ帰ることができていれば・・・・・・このようなことには、ならなかったのかもしれぬのです・・・!」
「それを考えること自体が、時間の無駄だと言っているのだ。バリー・ウォンデーヌは、義父上の暗殺を企んだ謀反人。情けをかける必要はない」
エレンの反論を、ジャンヌは冷たい言葉で切り捨てた。
「それに、そなたも殺されかけた身ではないか。手当てが早かったから助かったが、もし・・・あと少し遅かったら・・・・・・」
「命を助けてくれたことは、心から感謝します・・・・・・なれど・・・なぜ義姉上があの場に?」
「そなたがウォンデーヌの家に行くと言ってから、ずっと気が気ではなかった。万一のことがあったらと思い、外から様子をうかがっていたら、人が倒れる音が聞こえた。もっと早く駆け付けたかったが、あの家の侍女に邪魔されてな。そやつを始末して駆けつけたら、あの娘がそなたを殺そうとしているところだったのだ」
淡々と説明すると、ジャンヌはエレンの顔を見つめて言った。
「エレン殿。改めて言うが、この一件でそなたが自分を責める必要などない。すべては・・・ウォンデーヌの一族たちが、己が野心を満たすために起こした愚行である。あの家の父も娘も、とんだ愚か者だったということだ」
その言葉に、エレンの表情がさっと変わった。彼は身を乗り出して反論しようとしたが、その時体に激痛が走った。
「うっ・・・あっ・・・!」
エレンは体を丸めながら、小さなうめき声を漏らした。彼は肩で大きく息をつくと、ジャンヌを見つめながらぽつりと口を開いた。
「義姉上には・・・・・・私の気持ちは分かりませぬ・・・・・・」
その言葉に、ジャンヌはわずかに眉を上げた。しかし彼女はすぐに冷静な表情に戻り、ため息をつくかのように言った。
「そうだな。所詮、私とそなたは他人同士。他人の気持ちを理解するなど、この世の誰にもできはせぬ」
そう言い捨てると、ジャンヌは部屋を去っていった。エレンは複雑な表情を浮かべながら、力なくうなだれるのであった。
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