涙の先(3)
カレンと涙を流し合った後も、エレンの気持ちは、未だに晴れない。
彼はベッドに身を横たえながら、ずっと考え続けていた。もし・・・イリアの想いに、もっと早く気づけていたら。もし・・・父の策略に、もう少し早く気づけていたら。もし・・・バリーを説得し、城に連れ帰ることができていたら。そのようなことを考えても、無駄だということは分かっている。だがそれでも、決してあり得なかったもしもの可能性を、エレンは何度も、頭の中で繰り返した。
「・・・エレン殿。陛下の見舞いの使者として、サイラス・カーン殿がいらしている」
エレンの部屋のドアを開けたジャンヌが、淡々とした様子で告げた。
「会うのが難しいなら、そう伝えるが・・・・・・どうする?」
「・・・会います・・・・・・陛下のご使者なら・・・会わぬわけにはいきますまい・・・・・・」
何とか上体を起こしながら、エレンが消え入りそうな声で言った。ほどなくジャンヌの案内で、サイラスがエレンの部屋にやって来た。
「此度は・・・まこと、大変な目に遭ったな。陛下も、そなたにはいたく同情しておられる」
「それは・・・まことに、恐れ多いこと・・・・・・ご心配をおかけし、申し訳ございませんと、陛下にお伝えくだされ・・・・・・」
エレンの声には、力が全く感じられなかった。サイラスは気の毒そうな目で、憔悴しきった目の前の若者を見つめている。
「あまりにも・・・辛い出来事であったな・・・・・・親しくしていた幼馴染に、殺されかけるとは・・・」
「いえ・・・すべては・・・私のせいにございます・・・・・・むしろ・・・あの時死んでいた方が、よほど幸せだったかもしれませぬ・・・・・・」
その言葉を廊下で聞いたカレンが、思わず小さな声を漏らした。その声に気づくことなく、サイラスがたしなめるようにエレンに言った。
「エレン殿、そのようなことを言ってはならぬ。そなたとウォンデーヌの娘の間に、何があったかは今は聞くまい。・・・なれど、元はといえば、ウォンデーヌが謀反を企てたのがすべての始まり。そなたはそれに巻き込まれただけ。そう思い、心を軽くせよ」
「・・・それができれば・・・どんなに、楽になれましょうか・・・・・・なれど・・・私には、無理でございます・・・・・・イリア殿の願いに応えられず、晒されたその首を、下ろしてやることもできず・・・・・・まこと・・・情けない限りでございます・・・・・・」
精気のないエレンの言葉に、カレンはこらえきれず涙を流し始めた。サイラスは小さくため息をつくと、エレンを憐れむように言った。
「そなたは・・・カルドから戻ってくるべきでは、なかったやもしれんな・・・・・・カルドで穏やかな日々を過ごしていた方が、そなたにとっては良い人生だったかもしれぬ」
サイラスのその言葉に、エレンは小さく笑みを浮かべた。
「私も・・・そう思います・・・・・・なれど・・・無理だったのでございます・・・・・・私には・・・この道しかございませんでしたゆえ・・・・・・」
「・・・ともかく、今は体と心を休めることじゃ。陛下も、そなたとまたゲームがしたいと仰せじゃ。一日も早く、城に戻ってまいれ」
そう言い残し、サイラスはアルフォードの屋敷を後にした。うなだれるエレンにかける言葉を見つけられず、カレンは情けなさからさらに涙を流すのだった。
その夜。城での仕事を終えたネルソンが、アルフォードの屋敷に戻ってきた。
「お帰りなさいませ、お義父様」
「おじいさま、おかえりなさいませ!!」
2人の嫁と共に出迎えてきた孫のアランに、ネルソンは明るく笑みを向けた。
「おおアラン、相変わらず元気がいいことじゃ。・・・それ!」
ネルソンが肩車をしてやると、アランは嬉しそうに叫び声を上げた。そんな息子の姿に微笑み浮かべつつ、ジャンヌの表情はどこか暗かった。
「義父上・・・エレン殿のことなのですが・・・」
「よい。聞かずとも、大方見当がつく。・・・よしアラン、母上や叔母上と共に遊んで参れ。じじはこれより、叔父上の顔を見てくるからの」
「はい、おじいさま!!」
ジャンヌとマリアにアランを託すと、ネルソンはエレンの部屋に向かった。その途中、彼はカレンと鉢合わせたが、彼女の表情もジャンヌと同じく・・・いや、それ以上に暗かった。
「あっ・・・お帰りなさいませ、宰相様・・・」
「うむ。・・・エレンの様子は?」
「・・・落ち込んでます。夕食も運んだのですが、一向に手をつけず・・・」
「そうか。・・・2人で話す。しばし外せ」
カレンにそう告げると、ネルソンは息子の部屋に足を踏み入れた。エレンはベッドに上体を起こしながら、窓から見える無人の屋敷に目を向けていた。
「エレン・・・わしのことを、さぞかし恨んでおろうな」
ネルソンが声をかけると、エレンはゆっくりと彼の方へ振り返った。エレンが表情をゆがめて小さくうなずくと、ネルソンは彼の目を見つめて告げた。
「いくらでも恨め。なれど・・・わしは己の行いを悔いてはおらぬ。・・・お前と違ってな」
そう言い残し、ネルソンは息子の部屋を後にした。エレンは悔しそうな表情を浮かべながら、布団の端を震える手で握りしめるのだった。




