涙の先(1)
ここからが、物語全体の第8章になります。この章が、物語全体の大きなターニングポイントになっています
レオナルド国王歴4年、春。
その日、エレンはある夢を見ていた。
「・・・兄上・・・・・・?イリア・・・殿・・・・・・!」
目の前に用意された白いテーブルに、ゴールとルーカスが腰かけて談笑している。そしてイリアが焼きたてのクッキーを、笑顔で2人に振る舞っている。
「兄上・・・イリア殿・・・!」
両目を涙で潤ませながら、エレンは3人のもとに駆け寄ろうとした。すると2人の兄が笑顔でエレンの方に振り向き、イリアもそれに続いてエレンを見つめた。
「まだ・・・来てはなりませぬ」
「え・・・?」
「あなたは・・・まだこちらに来るべきではありませぬ」
「そんな・・・なぜだ・・・?イリア殿・・・兄・・・上・・・・・・」
こちらに微笑みかける3人の姿が、白い光に包まれていった。エレンの視界も白く染まっていき、やがて何も見えなくなった――
「・・・・・・?」
瞼に微かな重みを感じながら、エレンはその両目を開いた。意識はまだ朦朧としているものの、見上げた先が屋敷の自室の天井であること、自分がベッドに横たわっていることは分かった。
「エレン・・・エレン!!」
こちらに視線を向けて立っていたカレンが、両手で口を覆いながら駆け寄ってきた。彼女は目を覚ましたエレンの体を、その両手で強く抱きしめた。
「良かった・・・!良かった・・・エレン・・・!」
「カ・・・レン・・・・・・」
思うように、口が動かない。体も泥のように重く、手と足に力が入らない。
「お・・・俺、は・・・?」
「3日も・・・眠りっぱなしだったのよ・・・!もう・・・目を覚まさないかと思った・・・!」
涙で声を震わせながら、カレンが歓喜の声を上げた。するとそこに、濡れたタオルを手にしたダンがやって来た。
「エレン!目を覚ましたか!!」
ダンもカレンと同じように、横たわるエレンのもとに笑顔で駆け寄った。エレンは何とか体を起こそうとしたが、体がしびれて十分に動くことができない。
「だめよ、まだ寝てなきゃ。毒の影響で、あとちょっとで死ぬところだったのよ」
「毒・・・・・・っ!イリア・・・イリア・・・殿は・・・?」
『イリア』。その言葉を聞いた瞬間、ダンとカレンの顔から笑みが消えた。
「・・・お前は、知らない方がいい。まずは、体を回復させることが先だ」
「頼む・・・教えてくれ・・・・・・イリア殿・・・イリア殿は・・・どこだ・・・?」
「エレン、今はあの人のことは忘れて。とにかく、ゆっくり休んで。お願いだから」
「いや・・・俺は・・・知らねばならぬ・・・・・・イリア殿・・・イリア殿は・・・どこに・・・?」
エレンの問いかけに、カレンとダンは顔を見合わせた。と、その時――
「目覚めたか。エレン殿」
部屋に入ってきたジャンヌが、安堵の表情を浮かべながら言った。その後ろには、赤子のリーフを抱いてこちらを心配そうに見つめる、マリアの姿もある。
「義姉・・・上・・・・・・」
「カレン、ダン殿、エレン殿のお望みだ。イリア殿に、会わせてやるといい」
「しかし・・・お義姉様・・・」
マリアが何か言いかけたが、ジャンヌが目を見つめるとその言葉を呑みこんだ。
「エレン殿・・・そなたには、辛いものを見ることになろう。・・・それでも、よいのだな?」
ジャンヌの問いかけに、エレンは必死に頭を動かしてゆっくりうなずいた。
「ええ・・・私は・・・知らねばならぬのです・・・・・・イリア殿が・・・どうなったのか・・・・・・」
必死に上半身を起こしながら、エレンがかすれた声で言った。ダンとカレンは暗い顔を見合わせつつも、エレンを連れていくことを決意するのだった。
それから、程なくして。エレンはダンとカレンの肩を借りて、城下の一角へと足を運んだ。
「あっ・・・ああっ・・・あっ・・・!」
エレンが目を見開いて声を上げると、カレンとダンの体から滑り落ちた。彼が食い入るように見つめる先には、虚ろな表情を浮かべるイリアの首が晒されていた。
「イリア殿は・・・お前を殺そうとした罪で、晒し首となった・・・」
「ジャンヌ様が、あんたを助けてくれたの。イリアさんは・・・その時に・・・・・・」
「あっ・・・ああああっ、あっ・・・・・・イリア殿・・・イリア・・・殿・・・!」
エレンは必死に体を這わせると、晒されているイリアの首に必死に近づいた。カレンとダンが慌てて駆け寄ったが、エレンは力を振り絞って両手を動かし、2人を振り払って先に進んだ。
「うっ・・・うううっ・・・・・・!」
目から涙を流しながら、エレンはイリアの首の手前まで這っていった。首の前には、槍を手にした2人の衛兵が、凝然と立っている。
「頼む・・・・・・下ろして・・・くれ・・・・・・」
「宰相殿のご命令で、明日の朝まで晒すこととなっております」
必死に訴えるエレンを見下ろしながら、衛兵の1人が淡々と言った。
「私は・・・その宰相の息子だ!・・・頼む・・・下ろして・・・やってくれ・・・!」
「宰相殿のご子息とはいえ、その頼みを聞き入れることはできません」
「頼む・・・下ろしてやってくれ・・・・・・頼む・・・頼む・・・・・・!」
涙で声を震わせながら、エレンは衛兵に訴え続けた。しかしどれだけ頼んでも、衛兵たちがその場を動くことはなかった。
「エレン・・・・・・」
カレンがエレンのもとに歩み寄ると、その背中をゆっくりと抱きしめた。エレンはそれに気づいていないかのように、衛兵に訴え続けていた。
「下ろして・・・下ろしてくれ・・・・・・頼む・・・下ろして・・・やってくれ・・・・・・!」
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