レシピの秘密(5)
バリーが家を飛び出したのと、ほぼ同時刻のこと。父より早く屋敷に戻ったエレンは、城で起きた出来事を2人の義姉に話していた。
「そうか・・・文官たちが、義父上の暗殺を・・・」
「何と恐ろしい・・・エレン殿、首謀者は分かったのですか?」
「いえ・・・今朝首を晒されたハウル・フレイクも、逮捕された9人の文官たちも、おそらくは操られていただけ・・・・・・父上が、その背後で糸を引いていた者を、今必死に調べているのですが・・・」
と、その時であった。家のドアが、どんどんと強い音で叩かれ、使用人がドアを開けた。
「はい・・・」
「イリア・ウォンデーヌでございます!エレン様・・・エレン様はいらっしゃいますか!?」
その言葉は、義姉たちと話していたエレンの耳にも届いた。エレンはすぐに玄関に向かうと、そこで切羽詰まった表情のイリアを目にすることとなった。
「イリア殿・・・?いかがなされた?」
「エレン様・・・父を・・・父を止めてくださいませ!このままでは父が・・・謀反人となってしまいます!」
「謀反人!?・・・一体、何がどうなっているのだ?」
「父が・・・言っていたのです・・・宰相様を・・・除かねばならぬと・・・!」
「・・・まさか・・・フレイクや文官たちの背後にいたのは、ウォンデーヌ殿か・・・!?」
その瞬間、エレンの脳裏に恐ろしい思いがよぎった。・・・おそらく父は、とっくの昔にバリーの関与を見抜いていたのだろう。ハウルの首を晒したのも、文官たちを逮捕したのも、バリーに逃げ場などないと突きつけるためだったのだ。
「父は宰相様を討つために、兵を挙げるつもりでございます・・・たった今、父は所領に向けて去っていってしまいました・・・!」
「なんと・・・!このままでは、父上の思う壺になる・・・!」
謀反人であれば、いかなる手段で排除したとしても認められる。それこそが、ネルソンの狙いなのだ。
「エレン様、あなただけが頼りでございます!どうか・・・どうか父を・・・お救いください・・・!」
涙に濡れた目で訴えながら、イリアは両手でエレンの手を抱いた。エレンは力強くうなずくと、イリアに決意を込めた言葉を返した。
「必ず・・・お父上を連れて戻る。今ならまだ間に合う・・・何としても、お父上を止めねばならぬ!!」
エレンはすぐに厩舎に向かい、一番速い馬に飛び乗った。そしてバリーが向かうであろう道を、全速力で駆け抜けた。
(頼む・・・間に合ってくれ・・・!)
父が謀反人として討たれる――そんなことになれば、イリアはどんな思いをするだろう。そのようなことだけは、絶対に阻止せねばならない。
「・・・!あれは・・・!」
しばらく馬を走らせていると、エレンの視界の先に、数人の騎馬の人物の姿が見えた。エレンは馬を責めてその足を速めると、何とかその一団に追いついた。
「ウォンデーヌ様!お待ちください、ウォンデーヌ様!!」
エレンの言葉に、一団は馬を止めた。エレンの予想通り、その一団はバリーと従者たちであった。
「そなた・・・エレン殿か?」
「左様でございます。イリア殿から、事情は全て聞きました!」
馬から降りてバリーに応えると、エレンは必死に訴えかけた。
「どうか・・・共に屋敷にお戻りください!今ならまだ、なかったことにできます!父は私が説得しますゆえ、どうか・・・共にお戻りくださいませ!!」
「ならぬ。此度の件、全てそなたの父に知れた。戻ったところで、わしに城での居場所などないわ」
馬から降りることなく、バリーはエレンを見下ろしていった。
「それでも・・・兵を挙げれば確実に討たれます!今ならまだ・・・罪は軽くなりましょう!・・・お願いでございます!どうか・・・どうか屋敷にお戻りください!!イリア殿のためにも、どうか・・・!」
エレンの必死の訴えに、バリーの表情が少し和らいだ。彼は馬から降りると、エレンの方に歩み寄って言った。
「そなたの目、そしてその言葉・・・何とまっすぐで、嘘を知らぬことか・・・・・・イリアがそなたを頼ったのも、当然のことであろうな」
エレンの肩に手を置きながら、バリーは彼に微笑みかけた。
「ウォンデーヌ様・・・」
と、次の瞬間。バリーは表情をこわばらせると、エレンのみぞおちに拳を叩き込んだ。
「うあっ!・・・ウォンデーヌ・・・様・・・!?」
思わず膝をついたエレンを見下ろしながら、バリーが従者たちに声をかけた。
「行くぞ。時を無駄にしすぎたわ」
バリーは再び馬にまたがると、エレンの顔を見つめながら言った。
「エレン殿、イリアにお伝え願いたい。・・・このような父で、すまなかったと」
その言葉を最後に、バリーは再び馬を走らせ始めた。従者たちもそれに続く中、エレンは痛む体を懸命に立ち上がらせた。
「お待ちください!!それでは・・・それでは父の思う壺でございます!!」
バリーたちが、エレンの言葉に振り向くことはなかった。エレンは痛みに膝をつきながら、それでも懸命に叫びかけた。
「行っては・・・行ってはなりませぬ・・・!ウォンデーヌ様・・・お戻り、くだされ・・・!!」
それから、しばらく時間が経った。馬を走らせ続けていたバリーたちは、分かれ道に差し掛かった。
「すでに、宰相は追っ手を差し向けていよう。少し難路ではあるが、こちらの道を行くとしよう」
バリーは迷うことなく、荒れた道の方へ馬首を向けた。しかし数歩馬を歩かせたその時、彼らの前に武装した一団が姿を見せた。
「ここを通ると思ったぜ、ウォンデーヌさんよ」
弓や剣を構えた兵たちを従えながら、ルシウスが不敵な笑みをバリーに向けた。彼は腰から下げていた剣を引き抜き、バリーたちに向けて突き付けた。
「バリー・ウォンデーヌ・・・謀反人として、討ち取る」
「ふふふ・・・そうか・・・・・・全て・・・あの男の手の内か・・・・・・!」
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