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宰相殿のご決断  作者: 髙橋貴一


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レシピの秘密(4)

レオナルドの後ろ盾を得たネルソンの行動は、実に素早かった。


その日の内に、バリーが声をかけた9人の文官、そして宴で料理番を務めるはずだった男は、いずれもネルソンの指示で捕らえられた。無論これは、ハウルの内通によって誰がバリーに味方しているか、全て把握していたためである。しかし、事情を知らない者はそのようには思わない。ハウルという蟻の一穴が、陰謀という堤を瓦解させた、という程度の認識しか持たなかった。


(まずい・・・いずれは、このわしも・・・!)


自分に味方すると誓った者たちが処刑され、次々と捕らえられている。もし彼らの口から自分の名が出たら・・・そう思うと、バリーは震えが止まらなかった。その時――


「ウォンデーヌ様。宰相殿がお話があるといらしております」


下級の文官の言葉に、バリーは目の前が一瞬真っ暗になった。しかし、事ここに至った以上、会わなければかえって立場は不利になる。


「お通ししろ」

「はっ」


力のない声で下級文官に命じると、せめて姿勢だけはよく見せようと、普段使っている椅子にどっしりと腰を下ろした。すると程なくして、彼の前にネルソンがやって来た。


「ご多忙の中、申し訳ない。ウォンデーヌ殿に、確かめたいことがございましてな」

「構いませぬ。そちらにおかけあれ」


平静を装いながら、バリーがネルソンに席に着くよう促した。ネルソンは小さく一礼すると、バリーの向かい側の席に腰かけた。


「それで、御用とは?」

「あまり・・・良い話ではございません。ハウル・フレイクの背後にいた者たちを捕らえ、尋問を行っているのですが・・・・・・その結果、複数の者が、ウォンデーヌ殿が黒幕だと・・・」

「ほう・・・わしが?」


心臓を掴まれたような感覚を覚えながらも、バリーは必死に言葉を紡いだ。ネルソンは表情を一切変えず、バリーを見つめて言葉を続ける。


「私は・・・信じておりません。いや・・・信じたくない、といった方が正確でございますな。ウォンデーヌ殿は、文官の筆頭として長年城に仕えてこられた。そのような立派なお方が、このような企てに加担するはずはない・・・そう思っております」


ネルソンの言葉に、バリーは不愉快そうな表情を作って応えた。


「無論じゃ。確かに、わしとあなたは対立が多い。なれど、だからといってあなたを害そうなどとは、これっぽっちも考えたことがない」

「・・・そのお言葉、信じてよろしいですかな?」


真剣な目を向けながら、ネルソンがバリーに問いかけた。バリーは必死に胸を張りながら、声に力を込めて答えた。


「無論じゃ。わしは一切、此度の件には関わりがない。大方、捕まった者どもは、わしとあなたの対立に目をつけ、全て押し付けるつもりなのだろう」


バリーの言葉に、ネルソンが安堵したような笑みを浮かべて応えた。


「そのお言葉がいただけてようございました。ウォンデーヌ殿は、我が屋敷の隣に住んでおられるお方。そのお方に殺されたとなっては、末代までの笑いものにございます。・・・それに、ご令嬢のイリア殿は、愚息のエレンと仲良くしてくださっています。そのお父上が・・・私を殺そうなどとお考えになるはずがない」

「まったく、その通りじゃ。・・・宰相殿、小物の言うことに惑わされてはなりませんぞ」


バリーの言葉に、ネルソンは小さな笑みを浮かべて応えた。


「ええ・・・心得ております。では・・・私はこれで・・・」


立ち上がって慇懃に頭を下げると、ネルソンは去っていった。それを見送りながら、バリーは心の中でつぶやいた。


(全て・・・見抜いておるわ、あの男め・・・・・・)


もはや、ことは全て露見した。ネルソンほどの切れ者が、自分の嘘を見抜けないはずがない。


(すぐに、この城を去らねば・・・!)


そう決断すると、バリーは早速手紙を書き、使者に持たせて自身の所領に走らせた。その手紙には、これより直ちに帰還すること、戦の支度を整えておくこと、といった指示が書かれている。


(かくなる上は、反乱じゃ・・・)


ギルの反乱を愚かと嘲笑った自分が、同じ轍を踏もうとしているのは滑稽でもあった。しかし、ウォンデーヌ家がこの先生き残るためには、これしか道はないであろう。


夕方、仕事を早めに切り上げると、バリーは大急ぎで家に戻った。出迎えたイリアがただならぬ父の様子に、不安そうな表情で問いかける。


「お帰りなさいませ。・・・いかがなさったのです、父上?」

「イリア・・・わしはこれより、所領に戻る。兵を整え、宰相を討つ」


父のその言葉に、イリアの頭は真っ白になった。


「宰相・・・様を・・・?」

「うむ。わしにはもう、この道しかなくなってしまった。じゃが、そなたを連れて行く気はない。そなたはこの屋敷に残り、何も知らぬ風を装うのじゃ。そうすれば、万一のことがあったとしても、そなただけは助かろう」


急いで身支度を整えると、バリーはイリアの肩を抱いた。


「イリア・・・そなたには、辛い思いをさせる。だが、もはやわしのことは忘れよ。わしは今日をもって、お前と親子の縁を切る。さすれば、お前には累は及ぶまい」

「そんな・・・待ってください、お父様!」

「すまぬが、もう一刻の猶予もない。・・・イリア、わしの娘として生まれてくれたこと、感謝するぞ・・・!」


イリアの目を見つめてそう言うと、バリーは荷物を持って部屋を後にした。イリアが慌ててその後を追いかけたが、父はもう、厩舎で馬に乗ろうとしていた。


「お父様!お待ちください、お父様!!」


イリアの声に一瞬うつむきながらも、バリーは馬を走らせた。その後を、数名の供の者たちが、同じく馬に乗って追いかける。


「お父様、お待ちください!!お父様!!お父様!!」

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