レシピの秘密(2)
ネルソンが自身の暗殺計画を察知した、翌日のこと。
この日、城勤めが休みであったエレンは、自宅の隣に建つウォンデーヌ家の屋敷を訪ねていた。
「今日は・・・いかがなさったのですか?」
やや硬い表情のイリアが、エレンを出迎えながら問いかけた。
「昨年いただいたレシピなのだが・・・やはり、そなたの味にならぬのだ。作り方は、間違えておらぬはずなんだが・・・」
「そう・・・ですか・・・・・・申し訳ございません。どこか、間違いがあったのかもしれません・・・」
「いや、別にイリア殿を責めているわけではないのだ。・・・このレシピ、どこか間違っているところはあるだろうか?」
エレンが差し出したレシピを、イリアは震える手で受け取った。彼女の脳裏には、数日前父が発した、恐ろしい言葉がよぎっている。
――あの目障りな成り上がり、そろそろどうにかせねばならぬ――
「・・・イリア殿?」
エレンの言葉に、イリアははっと我に返った。彼女はレシピをくしゃくしゃに丸めると、ごみ入れに捨ててしまった。
「申し訳ございません。また・・・少し間違えました」
「そうか・・・いや、ならばそれでよい。そなたの味にならぬのも、当然の話だ」
納得したように言ったエレンに、イリアは神妙な表情で問いかけた。
「エレン様・・・1つ、お尋ねしてよろしゅうございますか?」
「うむ・・・私でよければ、何でも尋ねられよ」
「・・・エレン様は、お父様を恐ろしいと思ったことは・・・ありますでしょうか?」
我ながら、どうしてこんなことを訊いているのかとイリアは思った。しかしエレンは彼女の問いかけに、全く迷うことなく答えた。
「ああ。何度もある。いくら身内とはいえ、私とあの人は別人だ。考えが全て読めるわけでもなし。不気味だ・・・恐ろしいと思ったことなど、この両手では数えきれないくらいある」
そう言いつつ、エレンは穏やかな笑みを浮かべて続けた。
「しかし・・・最近、少しずつ分かってきた気もするのだ。あの人が背負っているものの重さや、アルフォードの家を守ろうという覚悟が。・・・もちろん、父の全てを受け入れたわけではない。1年前のラダンの戦のことは、決して許そうとは思っていない。・・・それでも、あの人も必死なのだということが、この齢になってやっと理解できた。安穏と立場に胡坐をかき、好き放題に批判する権利は、少なくとも今の私にはない」
エレンの言葉を、イリアはゆっくりと噛み締めた。――父も、きっと必死なのだ。この家や、背負っているもののために、あの人もまた、命懸けで戦っているのだ。
「ありがとうございます、エレン様。・・・私、父を見る目が、少し変わりましたわ」
「そうか・・・いや、お父上こそ、イリア殿のために懸命に励んでおられる。父はあの方を嫌っているが、私はむしろ、お父上を尊敬している。あの城で、文官の筆頭という立場を保っておられるのは、素直にすごいことだと思う。ぜひ一度、腹を割って話し合いたいものだ」
「ええ・・・いずれ、そんな機会もあるかもしれません。・・・クッキーを、焼きましょうか?」
「ああ、頼む。やはり私には、そなたのクッキーの味が一番だ」
イリアがエレンのためにクッキーを焼き始めた、まさにその頃。バリーは10人の文官を城の一室に集めると、いよいよ温めていた計画を話し始めた。
「そなたらの助力、このバリー・ウォンデーヌ、心から感謝する。この国を牛耳り、私欲を貪るネルソン・アルフォードとその一族、ことごとくこの世から消し去ってくれようぞ」
「はっ!!」
バリーの言葉に、文官たちが一斉に頭を下げた。それを満足そうに見つめると、バリーは早速計画を話し始める。
「来月、陛下が文官や将軍を招き、宴を開かれる。わしはすでに、その料理番を味方につけた。宰相の食事に遅めに効く毒を混ぜ、あの者を葬り去る。さすれば後は簡単じゃ。いくら陛下のお気に入りとはいえ、三男坊のエレンなど子鹿も同然。何かしら口実を設け、あの者も側仕えから外す。わしには首席顧問官のジェームズ様もついておる。そなたらが案じることはない」
その言葉に、バリーはゆるぎない自信を抱いていた。・・・しかし、彼は己が立てたこの計画が、すでに宰相の耳に入っていることに、全く気付いていない。
「・・・そうか。お主を入れて、10人も・・・」
その夜。執務室で報告を受け取ったネルソンが、淡々と声を上げた。
「はっ。ウォンデーヌ殿は、私がマッコイ殿・・・ひいては宰相殿と通じていること、全く気付いておりませぬ」
そう得意げにネルソンに告げたのは、バリーが6人目に味方に引き入れた、文官のハウルであった。彼はバリーから話を持ち掛けられた後、彼がネルソンを暗殺しようとしていることを、ディエゴに書状で密通していたのだった。
「うむ・・・来月の宴のこと、これは確かなのだな?」
「他ならぬ、ウォンデーヌ殿がそう仰いました。間違いはありませぬ」
「そうか・・・ならば、それまでに手を打たねばならん」
呟くようにそう言うと、ネルソンは小さな笑みをハウルに向けた。
「よくやった・・・と言いたいところだが、命惜しさに口を滑らせるような者など、この国には要らぬのだ」
ネルソンがそう言った次の瞬間、部屋の至る所から武装した兵士たちが現れた。彼らは驚くハウルの体を掴み、どこかへと引きずっていった。
「そんな・・・お待ちくだされ!宰相殿!宰相殿!!」
ハウルの哀れな叫び声が、ネルソンの耳に飛び込んできた。しかしネルソンは全く動じることなく、席に腰かけて考えを巡らせるのであった。
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