レシピの秘密(1)
ここからが、物語全体の第7章になります。少しづつ、タグにあるようなドロドロ展開が増えていきます。このタグを見て本作をご覧いただいている皆様には、「お待たせいたしました!」という感じです(笑)
レオナルド国王歴4年、春。
この日、エレンはクッキー作りにいそしんでいた。昨年イリアからもらった新しいレシピを元に、各材料を分量通り使い、正しい時間で焼き上げる。
「よし・・・今度こそ・・・!」
出来上がったクッキーを、エレンは1つ食べてみた。じっくりその味を噛み締めながら、彼は暗い顔でつぶやいた。
「違う・・・また・・・あの味じゃない・・・・・・」
一体、何が違うのだろうとエレンは思う。カルドに戻った時のレシピも、昨年スティークの反乱を収めた後にもらったレシピも、なぜかイリアが作るあの味にならない。自分がどこかで間違えたのか、とレシピを見直してみても、自分が間違えたところは1つもない。
「あら、クッキーを焼いていらしたの?いただいてもよろしいから」
エレンの背後から、義姉のマリアが声をかけてきた。エレンはその言葉に振り向くと、少し落胆したような声で言った。
「ええ・・・ですが・・・あまり納得のいく味ではありません・・・」
「そうなの?・・・うん!それでも美味しいじゃない!せっかくです、ジャンヌお義姉様やお義父様にも、召し上がっていただきましょう」
クッキーを1つ食べたマリアが、上機嫌でエレンに言った。
「はあ・・・では、そう致しましょう。こんなに作ってしまって、1人ではどのみち食べきれませぬ」
作り笑いを浮かべて義姉に応えながら、エレンは心の中でつぶやいた。・・・また、レシピをもらわねばならないか。自身が惚れ込んだあの味を、エレンはなんとか己のものにしたかった。
一方。城では、ある動きが起き始めている。
「宰相殿を・・・?」
「そうじゃ。あの成り上がり、スティークの反乱を倅が収めたことで、ますます増上慢になってきおった。そろそろ、鉄槌を下さねばならぬ」
付き合いの長い腹心の文官に、バリーが意気込みながら声をかけた。言葉をかけられた文官は戸惑ったような表情を浮かべ、ゆっくりとバリーに言葉を返した。
「しかし・・・今宰相殿を除くというのは、いかがなものでございましょう・・・?それも・・・暗殺、などとは・・・」
「今だからこそじゃ、ハウル。このままでは、あの男は陛下の厚遇をよいことに、ますます権勢を握ってしまう。そうなれば誰も・・・ともすれば、陛下ですら手を出せなくなる。今こそ、あの不届きな成り上がり者を討つべき時なのじゃ」
そう言ったバリーの目には、確かな覚悟が宿っていた。ハウルと呼ばれた文官も覚悟を決めたように、バリーの目を見ながら言った。
「分かりました。どうか・・・私の力も、お使いくだされ」
「おお・・・ありがたい。すでにお主の他に、5人の文官を味方に引き入れた。そろそろ、計画を練らねばならんな」
――ネルソン・アルフォードを消す。これこそ、バリーが辿り着いた結論であった。
これまで、何度あの男の失脚の機会を逃したことか。そう思うと、彼はたまらない口惜しさに襲われる。特に最大の機会は、ネルソンの息子2人が戦死し、1万もの死者を出したラダン遠征の失敗の時であった。あの時は、ネルソンの2人の息子が死んだために、大っぴらに罷免を叫ぶことができなかった。国王も彼に同情し、全面的に擁護する姿勢を見せた。首席顧問官であり、王妃のシャーンの父であるジェームズの言葉にすら、王は耳を傾けなかった。
次なる機会は、スティークの反乱であった。彼はネルソンを宰相の職から降ろし、それをもって反乱を収めることを献策したが、結局王に容れられることはなかった。同じくネルソンの失脚を狙う首席顧問官のジェームズともども、バリーは今、不遇の時期を迎えている。
さらに悪いことに、ネルソンの三男坊であるエレンが初陣にもかかわらず、スティークの反乱を鎮圧してしまった。これにより、ますますネルソンの権勢は強まり、もはやラダン遠征の責を問う者など、1人として存在しない状態になっている。
(かくなる上は、あの男に消えてもらう他あるまい・・・)
バリーがその結論に達したのには、そんな背景がある。彼は先ほどの文官を含め、6人の有力な文官を味方に引き入れた。彼らと力を合わせれば、ネルソン暗殺も夢ではない。汚い手段だが、この国の未来ではきっと評価されるであろう。そう自分に言い聞かせながら、バリーはさらに、味方を集めるために暗躍し始めるのであった。
「宰相殿。最近、妙な噂が流れていること、ご存じですか?」
その日の夕刻。ネルソンの腹心である文官のカールが、執務室で仕事をしていたネルソンに問いかけた。彼の背後には、同僚の文官であるニール・ブレットと、同じく同僚のディエゴ・マッコイの姿がある。
「噂・・・とは?」
「宰相殿を・・・暗殺せんとする企てでございます」
『暗殺』。その言葉に、書類を読んでいたネルソンが顔を上げ、目を底光りさせた。
「ほう・・・わしをか?」
「あくまで、噂でございます。しかし・・・宰相殿がその位に相応しくないと思う者たちが、不満をため込んでいるのは事実でございます」
小心者のニールが顔を引きつらせながらそう言うと、年長のディエゴもそれに続いて声を発した。
「しかも、その動きは文官の中から起こっているようで・・・・・・先日、わしのもとを訪ねてきた文官の1人が、このような物を渡してきおった」
ディエゴがネルソンに、1枚の紙を差し出した。それに目を通したネルソンが、小さく馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「これは・・・はっ。よくもこのようなずさんな企てが、実現すると思ったものじゃ」
「・・・いかがなさいます?」
カールが問いかけると、ネルソンは余裕の表情を崩さず答えた。
「しばらく、泳がせておけ。いずれ・・・己の愚かさを思い知らせてくれる」
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