幸せな結婚(3)
ミアが初めてウェイドの家を訪ねてから、2週間が経った。
ミアは毎日のようにウェイドの家を訪ねては、彼の花畑の世話を手伝った。今まで花を育てたことがないミアにとっては、何もかもが新鮮な体験ばかりであった。
「花も、人と同じ・・・心を尽くせば、応えてくれる・・・」
「その意気です。・・・あっ、その枝は切りましょう」
「え?どれ?」
どの枝か分からず問いかけたミアに、ウェイドは彼女の手を取りながら切るべき枝を示した。
「これです。伸びすぎると、花に良くない」
「あっ・・・分かったわ・・・」
ウェイドの手が、自分の手に触れている。赤くなったミアの顔を見て、ウェイドも一瞬で顔を赤らめ、ミアから手を離した。
「ご・・・ご無礼いたしました!宰相殿の娘御に、軽々しい真似を・・・!」
「い・・・いいのよ!・・・むしろ、嬉しかったの。ウェイドが・・・私の体に、触れてくれたって・・・」
初めの頃は『ウェイドさん』と他人行儀な呼び方をしていたミアだったが、いつしか彼の名前を呼び捨てにするようになっていた。ウェイドはそれを気に留める様子もなく、むしろどこか嬉しそうであった。
「そ・・・そう、ですか・・・・・・では、続けましょうか」
「え、ええ・・・」
――日々、ウェイドとの距離が縮まっている。そう実感すると同時に、ミアはもっと、彼と共に過ごしていたいと思うようになった。だが、ウェイドにも城での仕事がある。頭では分かっているものの、ミアは彼と共にいたいという思いが強くなっていくのを、自分でも止められなかった。
そんな妹の変化に、さすがのエレンも気づき始めた。彼が城勤めを終えて帰ってくる頃には、ミアは屋敷に戻っている。しかし彼女の様子が、明らかに最近どこか違う。いつも心ここにあらずという感じで、何かを考え込んでいることが増えている。しかもそんな妹を、義姉であるジャンヌとマリアが、どこか優しい笑みで見つめている。最近ではカレンまでもが、ミアに義姉たちと同じような視線を向けるようになっている。
(これは・・・もしや・・・)
鈍いエレンでも、さすがに気づかざるを得ない。だが、と彼は思う。なぜミアは、そのことをはっきりと言ってくれないのだろうか。・・・もしかしたら、危ない男にでも捕まってしまったのではないか。
「・・・ほれ、エレン。そなたの番じゃ」
そんなことを、城勤めの最中にも考えるようになってしまった。レオナルドに声をかけられ、はっと我に返ったエレンが目にしたのは、陣取り遊びで追い詰められている自分の盤面であった。
「あっ・・・申し訳ございません。少し、考え事を・・・」
「この盤面をひっくり返す策・・・ではなさそうじゃな。さては・・・家族か近しい者のことで悩みでも?」
「・・・ええ。妹のことなのですが、最近様子がどこかおかしく・・・」
レオナルドにそう答えながら、エレンは盤面の石を動かした。
「そなたの妹・・・おお、あのじゃじゃ馬と評判の」
「はい・・・もしかしたら、男ができたかもしれないのです。私がそう思ってるだけかもしれませんが・・・」
「年頃の娘じゃ、恋の一つや二つしよう。それを温かく見守るのも、家族の務めではないか?」
レオナルドが石を動かし、エレンが置いた石の進路を塞いだ。
「ええ・・・分かってはいるのですが・・・」
「・・・そなた、よほど妹が可愛いと見える。まるで、子煩悩な父親のようじゃ」
「お・・・おやめくだされ。私はただ、妹に幸せになってほしいだけでございます」
からかうようなレオナルドの笑みに、エレンは顔を赤くしながら石を動かした。
「なれど・・・もし男ができたのなら、何故そうと言ってくれぬのか・・・・・・私には、それが分からぬのでございます」
「・・・さてはそなた、女心を知らぬな?それではこの先苦労するぞ。いや・・・すでに苦労しているのに、それに気づいておらぬのか・・・」
レオナルドが小さく笑いながら、新たな石を動かした。この石が、勝負の決め手となった。
「文字通り、王手じゃ」
「はっ・・・まいりまして、ございます・・・・・・」
「・・・それで、わざわざわしのもとに来たというのか」
数時間後。執務室にやってきた息子に、ネルソンが呆れたような視線を向けて言った。
「申し訳ございません・・・・・・父上は、ミアから何か、お聞きではありませんか?」
「いや・・・何も聞いてない。そもそも、あれとわしが共に過ごす時間が短いゆえな。わしが帰る頃にはもう、ミアの部屋の明かりは消えておる」
「確かに・・・なれど父上、もしミアが、その・・・良からぬ男と、付き合っていたとしたら・・・」
「別によいではないか?ミアが好きになったのなら、わしらがどうこう言う筋合いはない。・・・いやむしろ、あれを好いてくれるというのならありがたいものじゃ。いくらわしが掛け合っても、あれをもらってくれる家がなくて困っていたのじゃ」
「はあ・・・左様で、ございますか・・・」
エレンが消化不良の声を上げると、ネルソンがからかうような笑みを浮かべて尋ねた。
「それよりも・・・お前こそどうなのじゃ?カレン以外に、だれか良い女子でも見つけたか?」
「・・・そこでなぜ私の話になるのですか?」
「わしにとってみれば、ミアよりもお前の今後の方が重要じゃ。カレンを嫁にもらうのもよいが、力のある家の娘を嫁にもらうというのも悪くはない。例えば、そう・・・ルシウスの娘のサラ殿など、どうじゃ?」
「おやめください。サラ殿に失礼でございます」
一方。兄に心配されていることにも気づかず、ミアは今日もウェイドの家に向かっている。最近では花以外のことでも、彼との会話が増えた。ますます距離が縮まっているようで、ミアは心から嬉しかった。
――しかし、彼女は忘れていた。城下に住む者全てが、ウェイドのような人間ではないことを。
「おい・・・おい、あれを見ろ。あの娘・・・宰相の一人娘ではないか?」
ミアの姿を目にした粗野な風貌の男が、連れの男に声をかけた。同じく粗野な風貌の連れの男が、ミアの顔を遠目に見つめて呟く。
「はあ、確かにそうじゃ。しかし意外じゃな、宰相殿の一人娘が、こんな所にいようとは」
「・・・なあ。あの娘、その筋で高く売れぬかのう?」
下卑た笑いを浮かべる仲間に、男もにやけた表情で応えた。
「おお。宰相殿は嫌われ者じゃ。その一人娘となれば、高く買う者は山ほどいよう」
2人の男はそそくさと、表通りから去っていった。想い人のことしか考えていないミアは、己に向けられる邪な視線に全く気付いていない。
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