幸せな結婚(2)
ウェイド・レスト。その顔、その声、その名前が、ミアの頭に住み着いて離れない。
(もしかして、これが・・・)
恋、というものだろうか。いやいや、とミアは思う。たった一度、それもわずかな時間しか共にしていないというのに、そんなに簡単に人を好きになるものだろうか。
とはいえ、この胸のざわつきは抑えられない。ミアはその夜、夜風に当たると適当な理由で家を抜け出すと、以前エレンに教えてもらったカレンたちの長屋に足を運んだ。
「ウェイド・レスト?いや、俺は聞いたことないな」
旧知の仲であり、兵士見習いとして城に務めているカイルに尋ねたものの、彼はウェイドのことを知らなかった。だがその時、話を聞いていたエミルが、思い出したように声を上げた。
「そういえば、その人を見たことがあるよ。以前、カール様のもとに、戦災遺族に支給される給付金をもらいに来てた。城の衛兵の格好をしてたと思うけど・・・」
「本当!?じゃあやっぱり、お城で働いてるんだ・・・」
自分に近づくために嘘を言ったのではないか、と微かに疑っていたミアだったが、エミルの証言でウェイドの城勤め、そして兄を失った話は事実だと明らかになった。すると話を聞いていたダンが、興味深そうにミアに問いかけた。
「それで、そのウェイドという奴がどうしたんだ?ずいぶん前のめりって感じがするけど」
「・・・実は、好きになったかも・・・なの・・・」
頬を赤らめながらそう言うと、ミアは今朝起きた出来事を一同に話した。すると話を聞き終えたカレンが、冷静な表情でミアに問いかけた。
「事情は分かったわ。それで?そのウェイドって人にどうしたいの?」
「できれば、また会いたいの・・・でも・・・朝駆けを毎日してるとは、限らないし・・・」
「確かにな。今日初めて会ったんだろ?ってことは、毎日朝駆けしてるわけじゃないよな」
カイルの言葉に、ミアが力なくうなずいた。そんな彼女の気持ちを汲むかのように、ダンが小さくため息をついてから言った。
「分かった。城でそれとなく、そいつのことについて、調べてみるよ」
「本当!?・・・ありがとう、ダンお兄ちゃん!」
「まあ、ちょっと時間はもらうけどな。なんせ厩舎の仕事も暇じゃない、馬の世話をしながら調べごとをするってのも、なかなか大変だからな」
それから、3日が経った。ミアはこの間、いつダンから報せが来るかと、やきもきしながら過ごしていた。
「ミア・・・?おい、ミア?」
食事をしていても、そのことばかりが気になって仕方ない。一向に手が進まない彼女を見かねて、エレンが声をかけてきた。
「あっ・・・何?お兄様」
「何じゃないだろ、ずっと上の空で・・・・・・何か、悩み事か?」
「う・・・ううん!何でもないの、気にしないで!」
そんなミアの様子に、共に食事をとっていたジャンヌとマリアが、何かを悟ったようにうなずき合った。そしてついにこの日、ミアが待ち望んでいた報せが、カレンを通じてもたらされた。
「兄さんが持ってきてくれたわ。ウェイドって人について、大分詳しく調べてくれたみたいよ」
カレンから受け取った手紙には、ウェイドの詳細が書かれていた。彼はミアと同い年の17歳、数年前に病で両親を亡くし、二月前のスティークの乱で兄と共に出陣し、その兄をバラモスでの戦いで失っている。今は城下の近くにある小屋で、質素に一人暮らしをしているとのことだった。
「ここが、ウェイドのお家・・・行ってみたいけど、でも・・・」
押しかけてしまうのも、悪い気がした。しかし、彼にまた会いたいという気持ちは、どうにも止められそうにない。
「・・・お義姉様たち、少し出かけてきます。夕方には戻りますから」
そうジャンヌとマリアに告げると、ミアは手紙に書かれた住所に向かった。それぞれの子供をあやしていた2人が、確信したように言葉を掛け合う。
「マリア殿・・・あれは間違いないな」
「ええ、お義姉様・・・ミア殿は、どなたかに恋をされていますわ」
そんなことを言われているとは露知らず、ミアは手紙に記された小屋に辿り着いた。小屋は文字通り粗末なものであったが、裏によく手入れされた小さな庭があった。
「わあ・・・すごい・・・!」
その庭を見るなり、ミアが感嘆の声を上げた。そこには色とりどりの花々が鉢に植えられ、生き生きと育っていた。
「・・・!あなたは・・・!」
その時、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。ミアが胸を高鳴らせながら振り向いてみると、そこには驚きの表情を浮かべたウェイドの姿があった。
「ウェ・・・ウェイド・・・さん!ごめんなさい!私、その・・・また、あなたに会いたくて・・・」
「そうでしたか・・・・・・こんな所で立ち話もなんです、どうぞ中に」
ウェイドはミアを小屋の中に入れると、紅茶と菓子を振る舞ってくれた。紅茶を一口含んだ瞬間、高鳴っていた気持ちがふっと落ち着くような、穏やかな味が口中に広がった。
「美味しい・・・こんなにおいしいお茶を飲んだの、初めてかも・・・」
「あはは・・・ミア殿は人を褒めるのがお上手だ」
微かに頬を赤らめながら、ウェイドが照れくさそうに言った。そんな彼の姿が、ミアはとても可愛らしく感じられた。
「ねえ、あの花、ウェイドさんが育てたの?」
「ええ、そうです。以前も話したように、私は花が大好きでして・・・・・・子供のころから、花を育ててます。どれだけ貧しくとも、この趣味だけはやめられない」
そう言うと、ウェイドは窓から見える花畑に視線を向けた。ミアも花畑を見つめながら、うっとりと声を上げる。
「花も、あなたに育てられて喜んでるみたい。なんだか、そんな風に感じるわ」
「もし・・・花がそう思ってくれているなら、私も嬉しいです。・・・花も、人と同じです。心を尽くせば、必ずそれに応えてくれる。私は、そう思っています」
花を見つめるウェイドの優しい表情に、ミアはますます引き込まれるようだった。彼女は顔を真っ赤にしながら、ウェイドに思い切って言葉をかけた。
「ねえ・・・私も、お手伝いしていい?」
「手伝う・・・?何を?」
「あの花の・・・お世話・・・・・・あ!もちろん、迷惑だったらやらないわ!でも、その・・・・・・私も、あんなに立派な花を、育ててみたいな、って・・・・・・」
その言葉に、ウェイドはどこかためらいがちな表情で言った。
「しかし・・・ミア殿は、宰相殿の娘御です。このような粗末な所に、足を運ばせてしまうのも・・・」
「そんなの、全然私は気にしないわ!私だって元は、カルドの百姓の娘だもの!」
ミアの必死の訴えが通じたのか、ウェイドは気恥ずかしそうな笑みを浮かべて言った。
「・・・分かりました。ミア殿が、そうなさりたいのなら・・・」
その言葉が、今のミアには何よりも嬉しかった。彼女は弾けるような笑みを浮かべながら、ウェイドに感謝の言葉を述べた。
「ありがとう、ウェイドさん!」
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