幸せな結婚(1)
ここからが、物語全体の第6章になります。この第6章、今後も含めた物語全体で、少し浮いた雰囲気になると思います。ですが、今後のために重要なお話ですので、ぜひご覧いただければと思います
エレンの妹のミアには、ある日課がある。
「ま・・・待ってミア!朝駆けなら、私も一緒に・・・!」
「やめて、カレンお姉ちゃん!私、1人で走るのが好きなの!じゃあ、行ってくるね!!」
「あ、ミア・・・!」
ミアは馬にまたがると、カレンの制止を振り切って走り去ってしまった。小さくため息をつくカレンに、ネルソンが声をかける。
「まったく・・・あいつにも困ったものだ」
「あっ・・・宰相様!申し訳ございません、止めたのですが・・・!」
「よい、ああなったら誰の言うことも聞かぬ。はぁ・・・困ったものじゃ。あのようなじゃじゃ馬では、嫁の貰い手が見つからぬ・・・」
そんな父の苦悩などどこ吹く風、ミアは風を切る感覚を楽しみながら、馬を走らせ続けている。12歳の時、初めて馬に乗らせてもらってから早5年。ミアは空さえ晴れていれば、こうして朝駆けを楽しんでいる。本人はまったく気にしていないが、城下では『アルフォード家のじゃじゃ馬娘』と呼ばれ、彼女を嫁にもらおうという家は一軒もない。
父のネルソンは本気で頭を悩ませているが、ミアにとっては痛くもかゆくもない。どのみち結婚などまだ先の話だと思っているし、そもそも結婚自体にさほど興味がない。親の都合で、見ず知らずの男と結婚させられるのだろうかと思うと、ミアはそれだけで鳥肌が立った。同じ結婚するならば、自分が心から納得したうえで、
「この人となら、幸せになれる」
と思える結婚をしたい。それが贅沢な願いであることは分かっていたが、自分の気持ちには嘘はつけなかった。
そんなことを考えながら、目当ての場所まで馬を走らせていた、まさにその時。向かい側から、立派な身なりの若い男が2人、連れ立って馬を走らせてきた。その恰好を見る限り、2人ともどこかの有力な家の子息らしい。
「お、見ろ。アルフォード家のじゃじゃ馬殿じゃ」
「女だてらに馬を乗り回して、とんだおてんば娘殿じゃ。あれでは、嫁の貰い手もなかろうて」
・・・どう考えても、嫌がらせであった。なに、これも有名税、お父様が言ってるように、言われるくらいがちょうどいいのよ、とミアは思おうとした。しかし、亡き母に似て、思ったことはすぐ口に出してしまう彼女が、我慢などできるはずがない。
「ちょっと、あんたたち!」
「おお、怒った怒った!宰相殿の娘御は、短気で恐ろしいのぉ!」
「そんな顔をしていては、殿方に逃げられますぞ!ははは・・・!」
ますます強くなる侮辱に、ミアの顔が真っ赤になった。だが、その時――
「ご存じないのか?それなるミア殿の義姉・ジャンヌ殿は、わずか13歳で馬に乗り、戦場を駆け回っておられたとか」
突然、若い男の声がその場に響いた。ミアが声のした方へ振り返ってみると、そこにはミアの背後からやってきていた、自分と同い年くらいの少年の姿があった。
「・・・なんじゃ、おぬしは?」
「通りすがりの者でございます。しかし・・・お二方の見識はあまりにも狭い。二月前のスティークの反乱で、ジャンヌ殿が再び馬を乗り回し、賊軍を散々に打ち破ったことをご存じないのか?今の世の中、女性が馬に乗っていてもよいではないですか。むしろ・・・そのようなことで女性の器量を測ろうなど、それこそとんだ目利き違い。あなたがたこそ、女性に逃げられますぞ。ははは・・・」
少年の言葉に、2人の男は顔が真っ赤になった。2人は捨て台詞を吐きながら、ミアと少年の前から去っていった。
「あ・・・ありがとう・・・」
「いえ、あの者たちの不快な言葉に、私も少々腹が立ちました。・・・では、これにて。少し先にある花園で、目の汚れを落としてまいります」
「え!?私もそこの花園に行くの!あそこの花、いつ見ても綺麗なのよねぇ!」
思いがけない展開に、ミアが思わず顔をほころばせていった。
「そうでしたか。・・・これも何かの縁、共に参りましょうか」
「ええ!じゃあ・・・花園まで競争よ!」
そう言うが早いか、ミアは馬を走らせ始めた。少年は一瞬驚いた表情を浮かべたものの、すぐに馬を走らせてミアに追いついた。
「あら、やるじゃない!でも私だって・・・負けたもんじゃないわよ!」
「どうでしょうな!私も幼いころから、馬には乗り慣れておりますゆえ!」
横一列で走りながら、ついに2人は目当ての花園に辿り着いた。今までは1人で朝駆けを楽しんでいたミアだったが、誰かと一緒に走るのがこんなに楽しいものだとは、思いもよらなかった。
「わあ・・・綺麗・・・!」
咲き誇る美しい花々に、ミアが感嘆の声を漏らす。少年も花に見とれながら、ゆっくりと口を開いた。
「子供のころから、ここが好きでした。亡くなった両親に、兄と共によく連れてきてもらったものです」
「私も、子供のころからここが大好きなの。・・・亡くなったルーカスお兄様に、ここで絵を描いてもらったっけ・・・」
亡き兄の思い出が胸をよぎり、ミアは目元に浮かんだ涙をぬぐった。それを見た少年が、気まずそうに声を上げた。
「そうでしたか・・・・・・あなたも、お兄様を亡くしていたのでしたね・・・」
「・・・あなたもって、もしかして・・・」
イリアの言葉に、少年は表情を曇らせて応えた。
「ええ・・・兄は、二月前のスティークの乱で、戦死しました。私は今では、天涯孤独です」
「そう・・・だったの・・・・・・」
それきり、2人の間に重い沈黙が流れた。その空気に耐えかねたのか、少年が努めて明るい表情で言った。
「やめましょう、こんな暗い話は!・・・私はここの影響か、子供のころから花が好きなのです。家でも、花を育てているくらいで・・・」
「花を・・・?男の・・・あなたが・・・?」
「先ほどもあの者たちに言いましたが、ものを楽しんだり愛でることに、男も女もありますまい。ミア殿こそ、馬に乗ることをあんなに楽しんでおられたではないですか」
「確かに・・・それもそうね」
なんだか、新しい価値観に触れたような気がした。他人と話してこんなに有意義だと感じたのは、もしかしたら初めてのことかもしれなかった。
「そろそろ、私は行かねばなりません。貧乏ではありますが、これでも城に仕える武人。城での勤めに行ってまいります」
「あ、待って!その前に・・・お名前だけ、聞かせていただける・・・?」
どこかしどろもどろなミアの問いかけに、少年はくすぐられるような笑顔で答えた。
「ウェイド・レストと申します。それでは、これにて失礼」
ウェイドと名乗った少年は小さく会釈すると、馬に乗って去っていった。ミアはその背中を見送りながら、彼とまた会いたい、彼とまた話したいという気持ちが、徐々に高まっていくのを感じていた。
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