捨て身の談判(6)
ここまでが、物語全体の第5章になります
城に凱旋してから、2日後のこと。エレンはネルソンと共に、国王夫妻のもとに呼び出された。
「宰相よ、1つ相談がある。ギル・スティークの遺領についてじゃ」
自身と妻の前にひざまずく親子に、レオナルドは悠然と声をかけた。
「はっ・・・それにつきましては今、文官たちと調整しております。戦功を詳細に調べ上げ、ふさわしき者に譲るべきかと」
「ふむ・・・それなのだがな。いっそのこと、エレンに遺領をそのままやってはどうじゃ?」
「・・・!陛下・・・?」
思いがけないレオナルドの言葉に、エレンは心臓が止まるかと思うほど驚いた。そんな彼に、若き王は微笑を向けながら言った。
「この戦の勝利は、そなたの活躍があってこそじゃ。ならば戦功一番はそなた・・・そういうことにはならぬか?」
「いえ・・・私など、何もしておりませぬ!戦場での活躍は、義姉やルシウス殿の方が・・・」
「それでも、その軍を率いていたのはそなたじゃ。反乱を鎮めてくれたことへの、わしの心からの礼・・・スティークの遺領など安すぎるかもしれぬが、どうじゃ?受け取ってくれぬか?」
レオナルドの言葉に、エレンは返す言葉が見つからなかった。そんな彼に追い打ちをかけるように、王妃のシャーンが無機質な表情で言った。
「エレン、国王陛下が、そなたに領地を下されようというのです。ありがたく、お受けするべきではありませんか?」
「・・・その話、まことにありがたいことでございます」
その時、言葉に窮するエレンを助けるかのように、ネルソンがシャーンに言葉を返した。
「なれど・・・我が家は宰相という重い職を預かる代わりに、所領を一切持たないこととなっております。これは先代国王がお決めになったこと、それに背くことはできませぬ」
ネルソンの言葉に、レオナルドがやや不愉快そうな表情を浮かべた。それを見たシャーンがネルソンを睨みながら、強い口調で言葉をかける。
「宰相殿、陛下のご厚意を踏みにじるおつもりか?」
「そのようなつもりはございませぬ。・・・が、愚息にスティークの遺領は重すぎると存じます。この者の技量では、とても治めることはできませぬ」
「私も、そう思います・・・・・・それに、我が家が所領を持ってしまっては、反発する声も少なからず上がりましょう。せっかく反乱を鎮めたばかり・・・災いの火種を、これ以上蒔くつもりはございませぬ」
エレンもネルソンに続き、スティークの遺領を継ぐことを辞退した。レオナルドは小さくため息をつくと、再び笑みを親子に向けた。
「そなたらは、まこと欲とは無縁の者たちよ。そなたらこそ、まさに国の忠臣じゃ。これからも頼むぞ」
「はっ!」
レオナルドの言葉に、親子は揃って声を上げて頭を下げた。国王夫妻のもとを辞すと、エレンは父に頭を下げた。
「父上・・・助かりました」
「うむ・・・陛下もお人が悪い・・・・・・お父上が我が家と交わした取り決め、ご存じでないはずがあるまいに・・・」
「はい・・・なぜ陛下は、あのようなことを・・・」
「陛下はお前を気に入っておいでだ。恩を売ろうとなさったのか・・・あるいは・・・お前をもっと側に置きたいと思われたか・・・」
「はぁ・・・すでに私は、陛下の側仕えでございますが・・・」
ネルソンは小さくため息をつくと、息子の胸を軽く叩いた。
「陛下のご機嫌、くれぐれも損ねるなよ。今の我が家は、あのお方の後ろ盾だけが頼りじゃ」
「はっ・・・心得ております」
「陛下・・・あの親子の不遜な物言い、わたくしは腹に据えかねております」
一方。エレンたちが去った後、シャーンが苦い表情で夫に告げた。
「せっかく陛下がくださると言った土地、ありがたく受け取るべきものを・・・」
「はは、まあそう言うなシャーン。あの者たちにはあの者たちの理屈がある。無理をして、その理屈を踏みにじる必要はあるまい」
「はっ・・・陛下がそう仰るなら、わたくしも・・・そう思うことといたします・・・」
レオナルドにそう答えながらも、シャーンの不快感はますます募っていった。・・・特に、自分と同い年の、純粋の皮を被った怪物に対する不快感が。
(あの者・・・いずれ、陛下やわたくしに牙を剥こう・・・・・・なれど・・・今はならぬ・・・・・・今は・・・機会を待つしか・・・・・・!)
その夜。屋敷に戻ろうとしたエレンだったが、その前に1人の人物が姿を見せた。
「イリア殿・・・」
「エレン様・・・この度は、誠におめでとうございます」
父の言いつけに背き、イリアはエレンの前に姿を見せた。戦勝を祝して頭を下げた彼女に、エレンは気恥ずかしそうな笑みを向けた。
「いや・・・私など、何もしておらぬ。勝てたのは義姉上や、将軍たちのおかげだ」
「それでも・・・ご無事でお帰りになったこと、本当に嬉しゅうございます。・・・遅くなってしまいましたが、これを・・・お受け取りください」
そう言うと、イリアは1枚の紙をエレンに差し出した。エレンはそれを受け取ると、開いて中に書かれているものに目を通した。
「これは・・・!」
「お約束していた、クッキーのレシピでございます。・・・前にお渡ししたレシピ、どこか間違っていたかもしれません。なので、一から書き直しました」
「そうか・・・わざわざ、申し訳ない」
「いいえ。エレン様のためならば、何度でも書き直します。・・・では、私はこれで」
エレンに慇懃に頭を下げると、イリアは屋敷に戻っていった。彼女は屋敷のドアを閉めると、小さな笑みを浮かべるのだった。
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