↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宰相殿のご決断  作者: 髙橋貴一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/125

名宰相の三男坊(3)

ルシウスの娘にして、トールの妹、サラ。エレンは予てより、この少女のことが苦手だった。


苦手、といっても、人間として嫌いなわけではない。彼女と険悪な関係に陥ったわけでもなく、何なら喧嘩の一つもしたことはない。


「ふう・・・よし」


宴を一旦中座すると、エレンは自邸からそう遠くない所に建っている、ルシウスの屋敷に向かった。意を決して屋敷のドアを叩くと、屋敷に使える侍女が顔を出す。


「エレン様・・・いかがなさいましたか?お屋敷で宴と聞きましたが・・・」

「あ、その・・・・・・ルシウス殿が、サラ殿に会ってほしいと仰いまして・・・」

「左様でございましたか・・・では、すぐに呼んでまいります。・・・お嬢様!お嬢様!」


侍女の声が遠ざかる中、エレンは再び大きく深呼吸した。そして前を向いた瞬間、そこにはいつの間にやってきていたのか、長い黒髪の少女の姿があった。


「あっ・・・!サラ・・・殿・・・・・・」


何ともぎこちない笑みを浮かべながら、エレンがサラに言葉をかけた。一方のサラは無機質な表情で、エレンをじっと見つめている。


「その・・・お父上から、サラ殿に最後に会ってほしいと・・・・・・私がカルドに帰るということは、お父上からお聞きかな?」

「・・・・・・うん」


表情を一切変えることなく、サラが短く返事をした。気まずい沈黙が2人を包む中、エレンは何とか話題を作ろうとした。


「そ、その・・・・・・サラ殿にはこの10年、本当に世話になった。最後に、その・・・・・・お礼をと思って・・・」

「・・・・・・そう」


またしても表情を変えることなく、サラが短く返事をした。――これこそ、エレンがサラを苦手とする理由だった。彼女は自分と同い年なので、今年で18歳になる。その割には、彼女の性格はどこか子供っぽく、また、言葉や表情に感情というものをほとんど感じられなかった。そのためいつも、サラとの会話は非常にぎこちないものとなり、エレンが彼女とかわした数少ない会話も大抵、一言二言のやり取りで終わってしまっていた。


「で・・・では、改めて・・・・・・サラ殿。この10年、本当にそなたには世話になった。・・・心より、感謝申し上げる。・・・それでは、私はこれで・・・」

「待って」


サラに感謝の言葉を告げて頭を下げ、エレンは自邸に戻ろうとした。だがその時、普段よりほんの少し感情が乗った声が、サラの口から飛び出した。


「最後に・・・歌を、あげる」

「歌・・・?」


それは、エレンにとって思いがけない言葉であった。サラが歌う姿など、これまで一度も見たことがなかったからだ。


そんな彼の困惑をよそに、サラは小さく深呼吸した。そしてどこか遠い目をしながら、澄んだ声で静かに歌い始める。


母のない鳥は 巣を探して飛び回る 

父のない犬は 肉を探して駆け回る 

止まり木も水もない 子らの住む深い森 

月にも日にも捨てられた 哀れな子らの仮の宿


最後の一節を歌い上げると、サラは再びエレンに視線を向けた。


「・・・どう?」

「ど・・・どうと言われても・・・・・・とりあえず、ありがとう。・・・では、私はこれで・・・」


エレンは小さく頭を下げると、そそくさとサラのもとから去っていった。その背中を見送るサラの目には、ほんの少しだけ、悲しみの色が宿っていた。



――そして、翌朝。すべての準備を整えると、エレンは改めて、家族に別れを告げた。


「皆様・・・・・・本当に、ありがとうございました」

「うむ。・・・エレン、何かあればすぐ、そなたのもとに使いを送る。それまでは・・・カルドで穏やかに過ごせ」


父が優しい表情でかけた言葉に、エレンは小さくうなずいた。


「はっ。・・・では皆様・・・お元気で・・・!」


一同に最後の言葉を告げると、エレンはネルソンが用立てた馬にまたがった。するとその時、エレンに声をかけてきた者がいた。


「エレン様!」

「・・・!イリア殿・・・!」


アルフォード家の隣に建つ屋敷から、イリアがエレンのもとへと駆け込んできた。彼女はその手に握った小袋を、エレンの方へと差し出した。


「せめてもの、餞でございます。・・・エレン様、どうか・・・お健やかに・・・!」


エレンが受け取った小袋からは、ほのかな甘い香りが感じられた。彼は小袋の中身を理解すると、馬上からイリアに微笑みかける。


「イリア殿こそ、お達者で。・・・では・・・まいります・・・!」


エレンを乗せた馬がゆっくりと、カルドに向けて歩みだした。そしてその背後から、エレンの私物を乗せた馬車が続く。


「本当に・・・行ってしまうのね、エレンお兄様・・・・・・」


小さくなっていく兄の背中を見送りながら、ミアがぽつりと寂しそうに言った。いつもは気丈な彼女の目にも、この時ばかりは涙がにじんでいる。


「あいつが自ら決めた道だ。俺たちは、それを見送ることしかできん」


兄のゴールの言葉に、妻のジャンヌが小さくうなずいた。エレンの姿が完全に見えなくなるまで、一同はその背中を見つめ続けていた。

ご覧いただき、ありがとうございました。

もしよろしければ、感想や評価を頂けると幸いでございます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。