名宰相の三男坊(2)
エレンが生まれたアルフォード家は、元々国の要職に就くような家系ではない。
エレンが生まれたばかりの頃、アルフォード家はカルド村の農家の1つに過ぎなかった。幼いエレンも父や母、兄たちを手伝い、朝から晩まで畑仕事に汗を流した。
そんな彼らの生活が一変したのは、今からおよそ12年前。当時のエルドラは、国を3つに分けた内戦の真っただ中にあった。そんなある日、エルドラの君主であった先代の国王が、生まれや身分にかかわらず、広く人材を募る触れを出した。これにより様々な人材が王のもとに集うこととなり、エレンの父であるネルソンもまた、己と家族の人生を賭けて城に向かった。そこで彼は国王に戦の才能を見出され、軍師として各地の戦場で活躍し、国王の軍勢を次々と勝利に導いた。内乱は瞬く間に鎮圧され、その功績をもってネルソンは宰相――王に次ぐ最高権力者に取り立てられた。
ネルソンが宰相になると同時に、カルドに残っていた彼の家族は王城の城下町に引っ越すこととなった。城下での暮らしは、カルドのそれに比べれば天と地ほどの差があった。しかしエレンは、カルドで過ごしていた時の穏やかな時間や土のにおい、流れる川の音や虫の声を、どうしても忘れることができなかった。彼が成長するにしたがって、故郷に帰りたいという思い、そして城下での暮らしの窮屈さが、日を追うごとに徐々に強くなっていった。エレンが城を出て故郷に帰る決断を下したのには、こういった背景がある。
「カルドに帰る我が息子、エレン・アルフォードの前途を祝して――乾杯」
その夜。エレンの門出を祝う宴が、アルフォード家の屋敷で執り行われた。宴にはネルソンの盟友であるエルドラの将軍、ルシウス・バルデッタと、その息子でエレンの親友であるトールも招かれている。
「まさかお前、ほんっとにカルドに戻るとはな。今までは口だけだと思ってたけど、この様子じゃ本気なんだな?」
豪華な料理に舌鼓を打ちながら、トールがエレンに話しかけた。
「本気だ。私はもう、よほどのことがない限り、ここには戻ってこない。・・・もっとも、兄上2人がご健在のうちは、私が戻ることなどないだろうがな」
「そうだな。次にお前が戻るのは、親父殿の葬儀かもしれんぞ、エレン」
アルフォード家の長兄であるゴールが、ビールを呷りながらエレンに言った。その隣に座っていた女性が、美しく精悍な顔を微かにゆがめる。
「ゴール、縁起でもないことを・・・・・・しかしエレン殿、本当に良いのか?このままこちらで過ごしていれば、そのうち城での仕事ももらえたであろうに・・・」
エレンに問いかけた女性の名はジャンヌ、ゴールの妻に当たる人物だ。女性でありながら数々の戦に参加し、並の男では太刀打ちできない武力と、優れた戦術眼で味方を勝利に導き続けた。エルドラで唯一、女性として将軍の位を授けられ、ゴールと結婚して将軍を辞した今も、『エルドラの女神』として国民の人気は高い。
「城での人間関係は、私にとっては窮屈すぎます。それに、政にもさほどの興味はございません。そういったことは、兄上たちにお任せしようかと」
「任されてしまってもなあ。正直言うと、僕もあまり政には興味がないよ。花や鳥の絵を描いたり、彫刻や壺でも作ってる方が、よっぽど僕の性に合ってる」
どこか呑気な声で言ったのは、エレンの2番目の兄・ルーカスだ。彼もどちらかといえば政治や軍事には興味がなく、絵画や彫刻などの芸術を愛する男である。
「うふふ。あなたはもう少し、お義兄様並みの覇気を身に着けた方がいいわ。いずれお義兄様と同じように、この国の要職に就くんだから」
ルーカスの隣に座る可憐な女性が、微笑みを浮かべながら声をかけた。彼女はルーカスの妻のマリア、『エルドラ一の美女』と評される美貌の持ち主だ。2年前、ルーカスの熱烈なアプローチを受けて結婚し、最近子供を身ごもったばかりである。
「マリア殿の言う通りだ、ルーカス。よいか?我がアルフォード家は今や、エルドラで王家に次ぐ・・・いや、王家をも凌ぐ力を持っている。我が一族の力をますます強め、いずれこの国を名実ともに支配するためには・・・」
「ゴールお兄様、そこまでにして。そういうのが嫌だから、エレンお兄様はカルドに戻ることにしたのよ」
ゴールの言葉を遮るように、1人の少女が声を上げた。彼女の名はミアといい、エレンたちの妹に当たるネルソンの末っ子だ。エレンたちの母親は、一家が城下に引っ越して間もなく、流行り病でこの世を去った。その母親の性格を誰よりも強く受け継いだのか、ミアは相手が誰であろうと、自分の意見をはっきりと口にする。
「ま、人には向き不向きがあるってこったな。しかし俺から見てももったいないと思うぜ、エレン殿。確かに城の人間関係はドロドロしてるが、それをほんのちょっと辛抱するだけで、お前さんの将来は安泰だっていうのに」
ビールのジョッキを置きながら言ったルシウスに、エレンは微笑みながら小さく首を振った。
「たまに城に行っても、父上の悪口しか聞きませぬ。聞こえてくる話も、何やら難しいことばかり・・・・・・ああいった所は、どうも私の性には合いませぬ」
「そういうものは、言われるくらいがちょうどいいのだ。・・・もっとも、カルドの穏やかな暮らしが好きなお前には、どの道城勤めは無理だったかもしれぬな」
「やめて、お父様。エレンお兄様の門出を祝う宴でしょ?」
ミアがエレンに助け舟を出すと、ネルソンは小さな笑みを浮かべて言った。
「ふっ・・・それもそうだ。・・・さて、まだ料理も酒も残っておる。皆、遠慮なく飲んで食ってくれ。わしは少し、外の風に当たる」
場の空気を悪くしたと思ったのか、ネルソンは一旦席を外した。それを見て、ジャンヌが可笑しそうに小さく笑う。
「ほう・・・義父上も、ミア殿の言葉には敵わぬか」
「こういう時は任せておいて、ジャンヌお義姉様。私、自分では自覚がないけど、亡くなったお母様に似てるみたいだから。・・・お父様、お母様が生きてた頃は、頭が上がらなかったんだって」
「あのお義父様が?・・・なんだか信じられませんわ。うふふっ」
マリアが思わず声を上げて笑うと、一同も釣られるように笑い声を上げた。再び場の空気が和やかになる中、ルシウスが再びエレンに声をかけた。
「エレン殿。この宴が終わってからでも、今すぐでもどちらでもよい。・・・サラに、最後の挨拶をしていってくれ」
「サラ殿に?・・・しかし、ここに来なかったということは、特段私のことなど、どうでもいいとお考えなのでは?」
エレンがそう応えると、ルシウスはエレンの肩に手を置き、耳元で囁くように言った。
「俺から聞いたとは言うなよ。あいつ・・・ああ見えてお前さんのことを好いてるんだ」
「サラ殿が!?・・・いやいや、それはないでしょう。だって、いつお会いしても、遠くからちらっと見てるだけだったり、そもそもろくに話をしたこともありませぬ」
「それはあいつの照れ隠しってやつだ。お前さんも知ってるだろ?俺は人を見る目は確かなんだ。だからこそ、商人から将軍に成り上がれた。お前さんの親父殿が、百姓から宰相に成り上がれたようにな」
「はあ・・・もちろん、ルシウス殿の目は、確かだとは思いますが・・・」
「だったらなおのこと、最後にあいつに会ってやってくれ。ちゃんと話しておけばよかったって後悔されるのも、父親として気まずいからな」
ご覧いただき、ありがとうございました。
もしよろしければ、コメントや評価を頂けると幸いでございます




