捨て身の談判(1)
ここから、物語全体の第5章になります
レオナルド国王歴3年、夏――
エレン率いる国王軍は、反乱を起こしたギル・スティークの本拠地である、バラモスに入った。
激しい抵抗が予想されたが、意外なことに住民たちは、国王軍に協力的であった。中には食料や飼い葉などの物資や、野営地として使える土地を提供する者までおり、少なくとも王領との境界付近では、国王軍は民衆に歓迎された。
しかし――
「ベルト城を守るノリス・クレイが、城門を閉ざして抵抗の姿勢を示しております」
斥候からの報告で、バラモス城へと続く交通の要衝・ベルト城が、国王軍に反抗の意思を示していることが明らかになった。エレンは使者を送り、ギルの敗勢は決定的であることと、国王軍につくことの利を説いたが、守将のノリスは使者にこう伝え、エレンのもとへ帰した。
「お言葉はありがたいものなれど、我らはスティーク将軍に忠誠を誓っております。一戦も交えず城を明け渡したとあっては、末代までの恥。この城をお通りになりたいのであれば、力ずくで攻め落とされよ」
快進撃を続けてきた国王軍だが、ここで足止めされることとなった。物見からの報告で、城に籠る兵士は8千人ほどだということが分かっている。しかしそこに、ノリスを慕う民衆2千ほども加わり、総勢1万人が籠城を行っていることが明らかになった。
「厄介だな・・・素通りすることもできず、かといって力攻めでは余計な損害を出すぞ」
城の周りを流れる川を睨みながら、ルシウスが忌々しそうに吐き捨てた。この川は城をぐるりと囲んでおり、いわば天然の要害となっている。
「先ほど、川の深さを測らせてみました。もっとも深い所では、人の胸辺りまで水が達します。歩いて渡ることはできませぬ」
軍議のさなか、部下を使って川の深さを確かめたランスが、慎重な表情で言った。その報告を受け、ジャンヌがある提案を行う。
「では、舟ならばどうだ?それを使えば川を渡り、城に攻め入ることもできよう」
「残念ながら、地元民によって船はほとんど壊され、使える物はほとんどありませぬ」
ランスの報告に、ゴードンが渋い表情になって言った。
「ノリス・クレイとやら、大した男じゃ。この男のために、地元の者が大事な舟を壊し、さらには兵と共に籠城までしておる。よほどの人望がなければ、このようなことは起こるまい」
「かといって、あの城を落とさなきゃ先に進めねえ。・・・大将さんよ、ここは無理をしてでも兵を進めて、あの城を落とすべきじゃねえのか?」
ザメクが血気盛んにそう提言したが、エレンは小さく首を横に振った。
「力攻めを行えば、無用な死者が出ます。それに・・・城を攻めるということは、そこにいる地元民まで手にかけることになります。そのようなことは、避けたいのですが・・・」
「エレン殿。そなたの気持ちはわかるが、綺麗ごとでは戦は終わらぬ。城に籠った者たちも、クレイのために死ぬ覚悟なのであろう。ならば・・・その覚悟に応えるのが、我らの道」
ジャンヌはそう言ったが、エレンはどうしても、民が籠る城を攻めるという決断ができなかった。確かに、この城を落とさねば先には進めない。しかし、そのために民に無用な死者を出すことだけは、何としても避けたかった。
その時――
「こら!勝手に入ってくるでない!」
「お願いします!大将様に・・・大将様に会わせてほしいんじゃ!!」
すぐ近くから、口論の声が聞こえてきた。エレンが席を立ってそちらに向かうと、そこには地元民と思われる数人の人物と、彼らに槍を突きつける兵士たちの姿があった。
「やめよ!一体、何があった?」
「はっ・・・この者たちが、総大将殿に会わせてほしいと・・・」
ひざまずく者たちに視線を向けながら、警備の兵士がエレンに告げた。エレンは兵士を下がらせると、柔らかな表情を浮かべて問いかけた。
「私が、この軍の総大将、エレン・アルフォードです。あなた方は、この辺りにお住まいの方々ですか?」
「おお、あなた様が・・・!お願いします!ノリス様を・・・ノリス様をお助けくださいませ!」
エレンが総大将と知った途端、地元民たちが一斉に頭を下げて哀願した。
「ノリス殿を・・・?一体、なぜそこまで・・・」
「あの方は、悪いお方ではありません。以前、このベルト一帯が凶作に見舞われた時、あの方は城に蓄えられていた食糧を、わしらのために差し出してくださったのです!!」
「それだけじゃありません!あの方は、洪水に襲われた村の立て直しを、自らも泥にまみれて手伝ってくださいました!あの方こそ、民想いの名君でございます!!」
地元民たちの言葉には、嘘は一切感じられなかった。彼らの言う通り、ノリスは民のために汗を流し、苦楽を共にできる名君なのだろう。
「私としても、ノリス殿を助けたい気持ちはあります。しかし・・・謀反を起こしたギル・スティークについた以上、戦わないわけには・・・」
「それだって、ノリス様の本心じゃないんだよ!」
地元民の少女が緊張に震えながら、必死にエレンに訴えかけた。
「ギル将軍に、脅されたんだ・・・味方しないなら、ベルトの領地を取り上げて、百姓を兵士として城に連れて行くって!ノリス様は・・・あたしたちを守るために、あえて逆賊に・・・!」
少女の目から、大粒の涙がこぼれ始めた。地元民たちはエレンの目を見つめながら、必死にノリスのために訴えかけた。
「お願いいたします!ノリス様をお助けくだされ!!」
「裏切りは、決してあの方の本意じゃございません!どうか・・・どうか、ノリス様を・・・!」
――この時、エレンは決断した。ベルト城は落とす。しかし、ノリスの命も確実に助ける。ノリスだけでなく、彼のために城に籠っている兵士や領民たちを、1人残らず助けてみせると。
「分かりました・・・!必ずや、ノリス殿をお助けいたします!」
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