初陣(5)
砦の攻防から、5日が経った。
エレンたちは兵を十分休ませつつ、ギルが籠る砦を包囲した。味方が確保した2つの砦にも、十分な数の守備隊を投入し、ギルの本陣への圧迫を強めている。
「ギルの奴、完全に砦に引きこもっちまったな。・・・どうする?エレン?」
敵本陣の砦をじっと見つめるエレンに、カイルが声をかけてきた。2人の近くには、ダンとカレンの姿もある。
「こっちの数は、敵の倍以上だ。それに、ジャンヌ様やルシウス様を始めとする、歴戦の将軍たちがいる。このまま一気に攻めれば、3日であの砦は落とせるぞ」
「いいえ兄さん、相手はあのギル・スティークよ。どんな罠を仕掛けているか分かったものじゃないわ」
味方の数を恃むダンに対し、慎重な姿勢を示すカレン。珍しく兄妹で意見が割れる中、エレンが重々しく口を開いた。
「おそらく、味方の諸将も2人のように、意見が割れているだろう。・・・ともかく、一度軍議を開かねばならぬ」
「だな。やり方をしっかり合わせとかねえと、勝てる戦も勝てなくなる」
カイルの言葉に、エレンは再度重々しくうなずいた。彼が諸将を集めて軍議を開いたのは、その日の夜のことである。
「エレン殿、もう休息は十分とれたであろう。ここは一気に砦を攻め落とし、謀反人の首を上げるべきである」
開口一番、ジャンヌが冷静ながらも強い口調で言った。その言葉に、ザメクも賛同の姿勢を見せる。
「ああ、俺も女神殿に同感だ。さっさとスティークの首を上げねえと、おめえの親父に不満を抱く連中が次々と兵を挙げるぞ」
「確かに、それもそうだ。だがギルの野郎を甘く見ると、痛い目を見るぞ、エレン殿」
攻撃に出るべしと主張するジャンヌとザメクに対し、ルシウスは慎重策を唱えた。
「五将軍の中で、あいつほどの戦術家はいねえ。おそらく砦の周りには、伏兵や罠が仕掛けられてるはずだ。そんな状況で下手に攻めたら、それこそ無駄に兵を失う。ここは多少時間をかけてでも、相手の糧道を断って兵糧攻めに持ち込んだ方がいい」
「私も、バルデッタ殿に賛成です。エレン殿、我が方の優勢は揺るぎませぬ。無理な攻勢は、かえって敵に反撃の機会を与えるかと」
ランスがルシウスに賛同の声を上げた、次の瞬間。ザメクが唾を飛ばしながら、ランスとルシウスに怒鳴りかけた。
「そんな及び腰でどうすんだ!?こっちは相手の倍以上いるんだ、さっさと攻めてスティークの野郎を討ち取りゃ、それで戦は終わるだろうが!!」
「落ち着かれよ、ザメク殿。・・・エレン殿、私に1万・・・いや、5千の兵を預けてくれ。そうしてくれれば、半日以内にはスティークの首を上げて見せる」
「義姉上、さすがにそれは危険でございます。もし万一のことがあれば、私はアランや、ゴール兄上に顔向けができませぬ」
エレンの言葉を最後に、軍議の席には重い沈黙が流れた。その空気を和らげようと、ゴードンが微笑交じりで言った。
「各々の主張は分かった。しかし、皆どうも頭に血が上っているようじゃ。ここは一旦解散し、頭を冷やして再度、作戦を練ろうではないか」
五将軍筆頭のゴードンの言葉に、反論の声は上がらなかった。結局この日は解散となり、後日改めて軍議を行うこととなった。
「ゴードン殿・・・場を収めてくださり、ありがとうございます」
軍議が終わった後、エレンはゴードンに感謝の言葉を告げた。
「よいよい。そなたの齢であやつらをまとめよというのが、そもそも無理な話なのじゃ。・・・しかし、両者の言い分にも一理はある。持久戦こそ最善の策ではあるが、さりとて時間をかけすぎては、さらなる反乱が起きかねぬ」
「ええ・・・だからこそ、決断できぬのです。どちらの道も正しく、また危うい・・・・・・父もきっと、こんな経験をしたのでしょうな・・・・・・」
エレンが父の過去に思いを馳せていた、まさにその頃。その父であるネルソンがいるエルドラ城で、ある動きがあった。
「宰相殿、文官の1人が、このような物を持ってまいりました」
ネルソンの右腕である文官のカールが、1枚の紙をネルソンに差し出した。それに目を通したネルソンが、ふっと小さな笑みを浮かべて呟く。
「なるほど・・・わしへの弾劾状か」
「はっ。宰相殿がラダンの戦での責を取らず、役職に留まり続けていることを、不忠と訴えるものです。そして・・・」
「国への忠義ある者は決起せよ、か・・・・・・大方、スティークかその賛同者が、わしに不満を持つ者にばらまいているのであろう」
そう言い捨てると、ネルソンは手の中の弾劾状を無造作に投げ捨てた。カールが緊張の面持ちで、ネルソンに問いかける。
「いかがなさいます?その弾劾状を届けられた者は、まだまだたくさんおりましょう」
「別に、手を打つ必要はない。今何か事を起こしたとて、逆賊の1人に数えられるまでじゃ。そんな勇気を持つ者が、今この城にいると思うか?」
「しかし・・・」
「捨て置けばよい。いずれエレンが、スティークの首を持って戻ってくるわ。わしはあやつを信じておる。此度こそ、万が一にも負けはない」
ネルソンが自信に満ちた表情で言ったのと、ほぼ同時刻のこと。首席顧問官のジェームズの屋敷を、イリアの父であるバリーが訪れていた。
「ほう。やはり、ウォンデーヌ殿のもとにも届いておったか」
「はっ。もしやと思い、首席顧問官様をお訪ねしましたが・・・・・・やはり、あなた様のもとにも・・・」
2人の手には、先ほどネルソンに届けられた物と同じ弾劾状が握られていた。それに目を通しながら、ジェームズがふんと鼻を鳴らす。
「スティークめ、我らがこんな手に乗ると思うたか。今奴に味方したところで、アルフォードに首を取られるのが関の山じゃ」
「左様でございます。我らも、甘く見られたものですな」
2人は小さな笑みを向け合うと、手にした弾劾状を破り捨てた。逆賊に味方することがどんな結末をもたらすかを、この2人は十分心得ている。
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