初陣(3)
そしてついに、出陣の朝がやって来た。
(やはり、我ながら似合っておらぬ・・・)
父から譲り受けた鎧を着こみながら、エレンはジャンヌの戦支度を待った。やがて現れた義姉の姿に、エレンは思わず見とれてしまった。
(これが・・・義姉上・・・)
美しい白銀の鎧と兜に身を包んだジャンヌは、持ち前の美貌もあって本物の女神のようであった。そのいで立ちにはエレンのみならず、マリアとミアもうっとりと見とれている。
「すごい・・・ジャンヌお義姉上様の甲冑姿、初めて見た・・・」
「私も・・・お綺麗ですわ、お義姉様・・・」
「・・・そんなに揃ってじろじろ見るな。恥ずかしい」
久しぶりの甲冑姿に、ジャンヌが少し気恥しそうに言った。そして、朝日がゆっくりと昇り始めたころ、ついにエレンとジャンヌは城に向かうこととなった。
「お兄様、お義姉様・・・絶対・・・絶対無事で帰ってきてね。カレンお姉ちゃんも、ダンお兄ちゃんも、カイルお兄ちゃんも、みんな一緒によ」
涙で目を潤ませながら、ミアがエレンとジャンヌに声をかけた。マリアも赤子のリーフを抱きながら、エレンとジャンヌを見つめて言った。
「お2人とも、ご武運をお祈りしております」
「ははうえ、おじうえ、がんばってー!!」
ミアに肩を抱かれたアランが、2人に激励の言葉をかけた。ジャンヌはかがみこんで息子と目線を合わせると、その頭を撫でて言った。
「叔母上たちの言うことを、よく聞くのだぞ。よい子にしていれば、母はきっと帰ってくる。できるな?」
「はい、ははうえ!」
純真な笑みを浮かべる我が子の姿に、ジャンヌの顔に笑みが漏れた。やがて彼女は立ち上がると、エレンに視線を向けて小さくうなずきかけた。
「では・・・行ってまいります!」
愛する家族に見送られながら、2人は馬に乗って城に向かい始めた。すると2人の前の物陰から、1人の人物が姿を見せた。
「エレン様・・・よかった、間に合った・・・」
「イリア殿!?・・・間に合った、とは・・・?」
エレンが驚いて問いかけると、イリアは手に持っていた小袋をエレンに差し出した。
「私からの、ささやかな餞でございます。エレン様・・・どうか、ご武運を・・・!」
馬を降りて受け取った小袋からは、甘い香りが漂っていた。エレンはそれを懐に納めると、イリアに笑顔を向けて言った。
「戻ったら、改めてレシピをもらわねばならぬ。あのレシピ・・・どう作っても、そなたの味にならぬゆえ」
「・・・分かりました。どうか・・・ご無事で・・・!」
エレンは力強くうなずくと、再び馬に乗ってジャンヌと共に、城に向かって進みだした。イリアは2人の姿が見えなくなるまで、深々と頭を下げた。
ほどなくして、2人は城の手前まで辿り着いた。城の周りは将兵でごった返していたが、2人がやってくると誰もが道を開けた。
「おお・・・ジャンヌ殿じゃ。エルドラの女神殿じゃ」
「あのお姿を、また見ることができるとは・・・拙者は果報者じゃ」
ひときわ目を引くのは、やはりジャンヌの美しい出で立ちであった。やがて2人が城門の近くに辿り着き、エレンが城に入るため馬から降りると、そこにさりげなく、鎧に身を包んだダンとカレンが合流した。
「来たか・・・カイルは?」
「ランス将軍の部隊にいるわ」
「俺たちはこのまま、お前の近くで護衛につく。・・・ジャンヌ様、カレンの兄の、ダン・クロスでございます」
「おお、そなたがダン殿か。戦場では、エレン殿をよろしく頼む」
「はっ」
城の中に入ると、エレンはすぐ、国王夫妻と謁見した。2人の近くには、王の側近であるベイルとサイラス、そして王妃の父である、首席顧問官のジェームズの姿もあった。
「それでは、出陣いたします。謀反人の首、必ずや持ち帰って御覧に入れます」
「うむ・・・武運を祈るぞ、エレン」
レオナルドの言葉に、エレンは恭しく頭を下げた。すると王妃のシャーンが無機質な表情で、エレンに視線を向けて言った。
「エレン・・・はっきりと言いますが、わたくしはそなたと、その一族が嫌いです」
「はっ・・・重々、承知しております・・・」
「なれど、謀反人が出た以上、もはや好き嫌いは言っておれぬ。・・・エレン、必ずや生きて、この城に戻ってくるのです。それが陛下のお望みですゆえ」
小さな笑みを向けながら言ったシャーンに、エレンは深々と頭を下げた。
「はっ!必ずや、お2人のもとに戻ってまいります!!」
――そして。ついに、出陣の時を迎えた。国王夫妻、そして留守居役のネルソンやカール、エミルたちが見つめる中、総勢15万の討伐軍が勢揃いした。
「いよいよだな、エレン」
緊張の面持ちを浮かべるエレンに、ダンがそっと声をかけた。エレンはその声で我に返ると、懐にしまっていた小袋を取り出し、その中のクッキーを1つ手に取った。
「エレン、それは・・・?」
「イリア殿が餞別でくれた。・・・こういう時こそ、この味を噛み締めたい」
カレンに言葉を返すと、エレンはクッキーを口の中に放り込んだ。その味をゆっくりと堪能すると、エレンはダンとカレンにも袋を差し出した。
「2人も、食べてみるといい。以前話した、城下で一番のクッキー作りの名人・・・それは、イリア殿のことだ」
「そうだったのか・・・では、いただこう」
ダンが袋に手を伸ばし、続いてカレンも手を伸ばした。2人もイリアのクッキーの味に、心が落ち着くような安心感を覚えた。
「美味しい・・・エレンが作ろうとしてたのは、この味だったのね」
「ああ・・・何度作っても、この味にはならなかったが。戻ったら、改めてレシピをもらうことになった。是が非でも、この味を再現したいからな」
「ははっ。ならなおのこと、生きて帰らなきゃな」
ダンの言葉に、エレンは力強くうなずいた。彼は腰に下げていた剣を鞘から抜くと、それを高く掲げて叫んだ。
「出陣だ!!逆賊より、この国を守り抜く!!」
「おお!!」
ダンが、カレンが、カイルが、ジャンヌが、そしてルシウスを始めとする将軍や兵士たちが、一斉に声を上げてエレンに応えた。15万の軍勢が続々と城を出立し、逆賊のギル・スティークを討つために進軍を開始する。
「エレン・・・」
その大軍勢を城下で見送りながら、サラが小さく声を上げた。彼女は胸の前で手を組みながら、父と兄、そしてエレンの無事を祈るのだった。
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