初陣(2)
出陣まで、あと2日となった夜。
この日、エレンは何とか時間を作ると、城の近くのカレンたちが住む長屋に足を運んだ。
「なかなか、こちらに寄れなくてすまんな」
「おいおい、無理すんなって。総大将を引き受けて、ものすごく忙しいってことくらい、みんな承知さ」
申し訳なさそうに言ったエレンの肩を、カイルが優しく叩きながら言った。
「俺も、ランス将軍と一緒に出陣することになった。お前と一緒でこれが初陣だ、今から手柄上げるのが楽しみだぜ!」
「そうか・・・期待してるぞ、カイル」
エレンの言葉に、カイルが照れくさそうな笑みを浮かべた。すると心配そうな表情を浮かべたエミルが、エレンに声をかけてきた。
「しかし、本当に大丈夫なのですか?これが初陣なのにもかかわらず、いきなり総大将を引き受けてしまって・・・」
「俺も不安だが、アルフォードの家を守るためだ。それに、父上の後を継ぐと決めた以上、いずれは通る道だ。ならば・・・早い方がいい」
エレンがそう答えると、カレンがくすっと小さな声で笑った。
「どうした?何か変なことでも言ったか?」
「ううん。でも・・・ちょっと嬉しかったの。ラダンの戦が決まってから、ここに戻ってくるまで、エレンはずっと、お父様のことを恨んできたでしょ?でも今は、そのお父様のために、無理な背伸びをしてでも戦おうとしてる。・・・やっと、お父様を許せたんだな、って・・・そう思ったら、なんだか嬉しくなってきたの。人を恨み続けるエレンなんて、あんたらしくないから」
カレンの言葉に、エレンはわずかに頬を赤らめて応えた。
「父上のことは・・・今も許していない・・・・・・だが、アルフォードの家が潰れるとなれば、ミアや義姉上たち、さらにはその子にまで累が及ぶ。それだけは、避けねばならん」
「はは、素直じゃないな、相変わらず。・・・エレン、俺も戦に出るぞ。宰相殿から、お前を守るようにと頼まれてな」
ダンの意外な言葉に、エレンは驚きながら応えた。
「そ・・・そうだったのか・・・なら、よろしく頼む。ダンがいてくれれば、なおのこと心強い」
「・・・兄さんだけじゃないわ。私も・・・あんたと一緒に行く」
「な・・・!」
カレンの言葉に、エレンは心臓が止まるかと思うほど驚いた。まさか、彼女まで戦に出ると言い出すとは、これっぽっちも予想していなかった。
「駄目だ、カレン!戦場は、城よりもよほど危険な場所だ!万が一・・・万が一、お前の身に何かがあれば・・・!」
「覚悟はできてるわ。それでもね、エレン。私は、あんたのそばにいたいの。お屋敷で働きながら帰りを待つしかないなんて、そんなの・・・私は嫌」
「カレン・・・」
エレンの不安を少しでも和らげようと、カレンは努めて明るい表情で続けた。
「それに、私が弓の達人だってことは知ってるでしょ?もしあんたを襲う奴がいたら、私が全員射抜いてやるわ。・・・エレン、これがわがままなのは百も承知よ。だけど私は・・・あんたのそばにいたいの」
「カレン・・・!」
気が付けば、エレンはカレンの体を抱きしめていた。カレンは顔を赤くしつつも、エレンの体を優しく抱き返す。
「カレン・・・約束してくれ・・・・・・必ず・・・必ず2人で生きて帰ろう・・・!」
「・・・もちろんよ。私は・・・まだ死ぬ気はないからね・・・!」
2人の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。ダンたちは抱き合う2人を、優しい微笑みと共に見つめていた。
それと時を同じくして。アルフォード家の隣に建つウォンデーヌ家では、当主である文官筆頭のバリーが、娘のイリアの酌で酒を飲んでいた。
「ネルソンめ、本気であの小倅を総大将にする気か。いくら残りの五将軍をつけるとはいえ、あまりに無謀な判断じゃ」
ネルソンが宰相の位から降りないことも不満だったが、まだ実戦経験のないエレンに総大将を任せたことは、もっと不満であった。もしこれで負けたとなれば、今度こそ王家の威信は完全に失墜するだろう。
「お父様・・・なんとか、陛下のお気持ちを変えることは、できないのでしょうか・・・?」
父に酒を注ぎながら、イリアが震える声で言った。父のグラスに酒を注ぐその手も、小刻みに震えている。
「わしも首席顧問官も、できることはした。なれど、陛下はあの小倅を、いたく気に入っておいでじゃ。自分のお気に入りに勝ち戦を経験させ、箔をつけたいのであろう」
「そう・・・ですか・・・・・・」
万が一、エレンの身に何かあったら・・・・・・イリアはそれが、たまらなく恐ろしかった。
「イリア・・・そなたが、あの小倅と親しいことは重々承知じゃ。なれど今や、アルフォード家はこの国を牛耳り、己が一族の利を追い求める奸物になり果てた。・・・これよりは、あの家との付き合いは絶て。そなたにはいずれ、もっと良い男を探してやる」
父の言葉に、イリアは力なくうなずいた。エレンのために何もできない悔しさと無力感が、今の彼女の心を苛んでいる。
――そして、エレンに特別な感情を抱く女が、もう1人いる。バルデッタ家で夕食を取っていたルシウスが、上の空の表情を浮かべる娘の様子に気が付いた。
「サラ・・・どうかしたか?」
父の声にはっと我に返ると、サラは食器を置いて小さく首を横に振った。
「食欲・・・出ない・・・」
「そっか・・・なら、俺が食ってもいいか?」
兄のトールがそう尋ねると、サラは再び首を横に振った。
「なんだよもう、めんどくさい奴だな」
「トール、お前はしばらく黙ってろ。・・・サラ、エレン殿のことだな?」
ルシウスがそう声をかけると、サラは暗い表情で小さくうなずいた。
「心配なの・・・・・・あの人・・・無理をしがちだから・・・・・・」
「ああ、俺もそう思う。けど案ずるな。この戦、俺や他の五将軍もついてる。負ける可能性なんか万に一つもねえ」
「そうだ。それに万一の時は、俺がエレンを守ってやる。だからお前は、何も心配すんなって」
父と兄の言葉に、サラの表情がわずかにだが明るくなった。しかし、胸に巣食った不安を完全に拭い去ることは、彼女にはできなかった。
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