初陣(1)
ここからが、物語全体の『第4章』になります。また、今回から投稿時間を、完全に毎日午後0時に固定します
出陣の支度は、慌ただしく行われた。
何分エレンにとって、此度の戦いが初陣である。右も左も分からぬ状態の中、周囲の者の助けで何とか、エレンは出陣の準備を進めた。
「鎧は、以前わしが使っていた物をやる。それを着ていけ」
かつて軍師として戦に帯同していた際、ネルソンが使っていた鎧。エレンはそれをもらい受け、試しに身に着けてみたのだが――
(・・・我ながら、あまりにも似合ってない・・・)
全く戦と無縁の人生を送ってきたせいか、自分でも分かるほど鎧は似合っていなかった。鏡に映る己の姿に落胆するエレンを見ながら、マリアとミアがこそこそと言葉を交わす。
「まあ・・・何と言っていいのかしら、あれは・・・」
「うん・・・鎧を着てるんじゃなくて、鎧に着られてるって感じね・・・」
そして急ごしらえながら、剣の稽古をすることとなった。その相手となってくれたのは、かつて将軍であった義姉のジャンヌであった。
「はあああああああああっ!!」
木の剣を両手で握りしめながら、エレンは目の前のジャンヌに挑みかかった。しかしその渾身の一撃を、ジャンヌは片手でいとも簡単に払いのけた。
「うわっ!!」
全力を込めた一撃を軽くあしらわれ、エレンが無様に地面に転がる。そんな彼に木の剣を突きつけながら、ジャンヌが息も乱さず声をかける。
「踏み込みが浅い。・・・もう一度」
エレンは何とか立ち上がると、再び全力でジャンヌに挑みかかった。しかしまたしても軽くいなされ、エレンは前のめりに地面に倒れ込んだ。
「もう一度」
「はあっ、はあっ・・・い・・・一度休憩を・・・」
「いいだろう。戦の前に死なれても困る」
エレンに呆れたような視線を送りながらも、ジャンヌは彼が休むことを許した。地面に座り込んで大きく息をつくエレンに、ジャンヌが遠くを見ながら言った。
「此度の戦、私も加わりたい。許してくれるか?」
「義姉上・・・?」
エレンは思わず、返事に困った。確かに、ジャンヌはかつて『エルドラの女神』と謳われた女傑で、その剣の腕の片鱗はたった今見せつけられたばかりである。しかし、今は亡き兄のゴールと結婚したことで、もう4、5年は戦から離れている。
「それは・・・私からは、何とも言えませぬ。父上に、相談してみないと・・・」
「義父上には、すでに相談しておいた。そなたの許しが出ればよい、と仰っていたぞ」
「はあ・・・左様で、ございましたか・・・」
エレンはしばらく考え込んだ後、ゆっくりと言葉を選びながら言った。
「率直に申し上げて・・・私は、反対でございます。まだ、兄上の喪も明けておりませんし・・・・・・それに、義姉上に万一のことがあれば、アランは1人になってしまいます。私は・・・アランから母親まで奪いたくはありませぬ」
エレンのその言葉を受けて、ジャンヌは強い決意がこもった目を彼に向けた。
「それでも、私は戦に出たいのだ。・・・あの日・・・ゴールを喪ったその日から、私の心は半分空っぽだ。アランのおかげで、残りの半分は保てているが・・・・・・このままでは、それすらも危うい気がする」
「義姉上・・・」
「だからこそ、私は戦に出なければならぬ。戦に出て、アランの母であり続けるための活力を得なければならぬ。・・・エレン殿、私も戦に出させてくれ。決して、そなたの足手まといになるような真似はせぬ!」
哀願するようなジャンヌの言葉に、エレンはそれ以上の反論ができなくなった。・・・このままではきっと、いつかジャンヌは壊れてしまう。そんな義姉の姿を、彼は見たくなかった。
「分かりました・・・されど、1つだけ約束してください。必ず、生きてアランのもとに帰ると」
その言葉に、ジャンヌは小さな笑みを浮かべてうなずいた。彼女は手に持っていた木の剣を、再びエレンに突きつけた。
「休憩は終わりだ。・・・さあ、今一度」
ジャンヌの稽古を終え、全身あざや擦り傷だらけになりながら、エレンは今度は城に向かった。そこで彼はルシウスの仲介を受け、五将軍の残る3人と初めて顔を合わせた。
「エレン殿、何も案ずることはございません。戦の指揮は私たち将軍が執りますゆえ、お心安らかに、本陣で戦果をお待ちください」
まだ28歳のランス・カロットが、爽やかな、しかし胆力を感じさせる表情で言った。すると、その隣に座っていた粗野な風貌の中年男性が、エレンに厳しい言葉を投げかけてきた。
「言っとくけどな、俺はお前の親父のことは気に入らねえ。戦場で手柄を上げた俺たちより、後ろで作戦を考えてただけの奴が出世するなんて・・・へっ!世の中どうかしてやがるぜ」
そう口にした男性の名は、ザメク・ルア。かつては海賊の頭領だった男で、先代国王にその武勇と人望の厚さを買われ、将軍となった経歴を持っている。
「ザメク殿、エレン殿にそれを言っても何も始まりませぬ」
「うるせえランス、お前は黙ってろ!大体な、俺もあのスティークの野郎と一緒で、ラダンの戦には反対してたんだ。それをてめえの親父が無理やり進めて、挙句大負けしやがってよ!」
「はぁ・・・確かに、あれは父の見込み違いでした・・・お許しを」
エレンが頭を下げると、ザメクはふんと鼻を鳴らしながら言った。
「ま、逆賊と一緒にされるのはお断りだからな。とりあえず今回は味方してやるが、次もそうなるかは分かんねえぞ?」
「ふふふ、相変わらず素直ではないのぉ、ザメクは。この戦のことを聞きつけて、誰よりも早く兵を引き連れてやって来たくせに」
ザメクの隣に座る白髪頭の男性が、穏やかな笑みを浮かべながら言った。彼の名は、ゴードン・ブレイ。五将軍のまとめ役で、65歳になった今も、現役で将軍を務めている。五将軍の中では唯一、譜代の将軍であった男である。
「そ・・・それは俺が、一番乗りってことを証明したかっただけだ。・・・おい坊主、見ての通り俺は短気なんだ。早いとこ出陣して、さっさと手柄を上げさせてくれよ」
「ははは、まあそう言うなザメク。短気は損気、おぬしもよく知っておろうに」
「ゴードンの旦那・・・ああ!あんたがいると調子狂うな、まったく!」
頭をかきむしるザメクに笑いながら、ゴードンがエレンに向き直った。
「エレン殿。この通り癖が強い連中ばかりだが、皆エルドラへの忠義は本物じゃ。ギル・スティークは裏切ってしまったが、残る我ら4人は、そなたの味方ぞ」
「はい・・・頼もしい限りでございます。ぜひ・・・我が義姉ジャンヌと共に、この未熟な総大将をお支えくださりませ」
『ジャンヌ』。その名を聞いた瞬間、ゴードン以外の3人の表情がさっとこわばった。
「エレン殿・・・今、ジャンヌ殿も戦に出ると言ったか・・・?」
いつもの不敵な表情はどこへやら、ルシウスが硬い表情でエレンに問うた。
「ええ・・・義姉のたっての願いで、此度の戦への参加を認めました」
「おい・・・おいおい、それ先に言っとけよ!ああもう、手柄独り占めできると思ったのによぉ・・・!」
「エルドラの女神殿も参加されるとは・・・・・・このランス、身を捨てる覚悟で戦に臨まねば・・・!」
「エレン殿、先陣は我らバルデッタに任せてくれ。お前さんの義姉貴に先陣を取られたら、もう俺たちの出る幕がねえ」
「ふふ、皆早くも手柄争いに躍起じゃな。エレン殿、ジャンヌ殿が参戦するということは、この戦、もはや勝ったも同然じゃ。大船に乗った気でおられよ、ははは!」
エレンの肩を叩きながら、ゴードンが豪快に笑った。名前だけでここまで人を翻弄するとは、エルドラの女神の異名は伊達ではない。そう思い知るエレンであった。
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