側仕え(6)
ネルソンの働きかけにより、カレンは城での仕事を解かれ、アルフォードの屋敷で働くこととなった。
城勤めの影響か、始めは緊張と不安で顔をこわばらせていたカレンだったが、次第に彼女の表情には明るさと活気が戻っていった。愛するエレンの家で働けるという安心感が、城で傷ついたカレンの心を、少しずつ癒していった。
また、アルフォードの家人たちも、カレンに温かく接していた。ミアはカルドに住んでいた時、カレンを姉のように慕っていた。そんな彼女が屋敷で働くことを、ミアはだれよりも素直に喜んだ。
マリアもまた、甲斐甲斐しく働くカレンに好感を持ったのか、優しい言葉を彼女にかけ続けた。そしてジャンヌも、マリアが弓の名人ということに興味を持ったのか、いつしか彼女と個人的な話をするほどの仲になっていた。
「エレン殿、そなたはカレンのことをどう思っている?」
ある晩、夕食の席で、唐突にジャンヌがエレンに尋ねてきた。エレンは予想外の質問に思わずせき込みながら、何とか言葉を絞り出した。
「ど、どうと言われましても・・・カレンはただの幼馴染、それ以上でも以下でもありませぬ」
「ふふっ。お兄様、隠しても無駄よ。みんな知ってるわ、お兄様とカレンお姉ちゃんが両想いだって」
からかうようなミアの言葉に、エレンは顔が真っ赤になった。ミアとマリアが声を上げて笑い始め、ジャンヌも声こそ出さないものの、小さな笑みを浮かべている。
「これは・・・お前の負けだな、エレン。どうだ?いっそのこと、カレンを嫁に迎えぬか?」
「お義父様、それは名案ですわ。エレン殿とカレンさん、相性よさそうですもの」
「な・・・!お2人とも、私はまだそういう話は・・・!」
「ははうえ、おじうえはどうして、かおがあかくなっているのですか?」
「アラン、よく見ておけ。人というものは恥ずかしくなると、あのように顔の色が変わるのだ」
もはやエレンは、完全に家族に遊ばれていた。それをやや不快に思いつつも、エレンは笑みを浮かべる家族たちの姿に、胸が熱くなるのを感じていた。
(皆、笑っているな・・・・・・兄上たちがいなくなった傷が、少しずつ、癒えているようだ・・・)
これもカレンのおかげなのだろうと思い、エレンは心の中で彼女に感謝した。――それから1ヶ月ほどが経ち、アルフォード家にさらなる慶事があった。
「わあ・・・可愛い・・・!」
生まれたばかりの赤ん坊の姿に、ミアがとろけるような笑顔で声を上げた。この日、マリアが身ごもっていた子供を、ついに出産したのだった。
「ルーカス殿に似て、良い面構えの男子だ。・・・マリア殿、この子の名前は、もうお決めになっているのか?」
ジャンヌがそう問いかけると、マリアは赤子を抱きながらゆっくりと答えた。
「ええ・・・リーフ、でございます。ルーカスと決めていましたの・・・男の子なら、リーフと名付けようと」
「リーフ・・・良い名前ですな。目の色も緑色、その名前にふさわしいと思います」
赤子に慈しむような視線を向けながら、エレンがマリアに声をかけた。使用人として働くカレンも、エレンたちの姿を遠目で見つめながら、新たなアルフォードの家族の誕生を心から祝福した。
2人の兄が命を落としてから、ようやく訪れた幸せな日々。――こんな日が、いつまでも続いてほしい。エレンは心から、そう願っていた。だが・・・・・・
「エレン・・・おい、エレン」
そんな幸せな日々は、唐突に打ち切られることとなった。それは、城勤めを始めてから、2ヶ月ほどが経ったある日のこと。城に入ろうとしたエレンに、ダンが声をかけてきた。
「ダン・・・?一体、どうしたのだ?」
「厩舎で、よくない噂を聞いた。これから宰相殿に伝えに行こうと思っていたが、たまたまお前の姿が目に入った。お前にも、伝えた方が良いと思ってな」
「噂・・・?一体、どんな?」
エレンが緊張の面持ちで問いかけると、ダンは周囲を見回しながら低い声で問いかけた。
「ギル・スティーク将軍に、謀反の疑いがある」
それから、ほどなくして。エレンはダンと共に、父の仕事場である執務室に駆け込んだ。
「父上!」
「おお、エレンにダンか。いかがした?そのように血相を変えて」
何かの書類を書いていたネルソンが、少し驚いたような表情でエレンとダンを見つめた。その隣には、彼の盟友である将軍のルシウスの姿もある。
「ダンが、厩舎での噂を教えてくれました。ギル・スティーク将軍に・・・謀反の疑いがございます!」
エレンのその言葉に、ネルソンとルシウスの表情がわずかだが硬くなった。ネルソンは一瞬ルシウスと視線を交わすと、すぐにエレンとダンに視線を戻した。
「そうか・・・ダン、どのような噂を聞いた?」
「はっ。あくまで、噂であることをご留意くださいませ。兵士たちが話していたのを聞きました。スティーク将軍は、領地の不穏を理由に城を去られましたが、将軍の領内では、そのような不穏な動きは起きておらぬと」
ダンがそう言うと、ルシウスが皮肉そうな笑みを浮かべながらネルソンに言った。
「お前さん、虎を野に放っちまったんじゃねえのか?俺の知る限りでは、五将軍で一番あんたに不満を抱いていたのは、あの男だ」
「うむ・・・やはり、あの男には裏があったか・・・」
「・・・さして、驚いてはおられぬようですね」
エレンが訝しげにそう言うと、ルシウスが小さく笑いながら言った。
「実はな、俺も親父殿に言っていたところなんだ。ギルの野郎がもう2ヶ月も戻ってきてないが、本当に大丈夫なのかってな」
「左様でございましたか・・・さすが、ルシウス殿」
「とはいえ、そのような噂が流れているのであれば、奴の謀反は確実かもしれぬ。・・・ダン、よくやったぞ」
「はっ。光栄でございます、宰相殿」
ネルソンのねぎらいの言葉に、ダンがかしこまって頭を下げた。
「今、ギルに送る書状を書いていたところじゃ。領内の鎮撫に手間取っているようであるが、必要とあらば、城からも兵を送ると書くつもりだ」
「なるほど・・・ギル殿の出方を見る、というわけですな?」
「ああ。もし奴に謀反の気がないのなら、何かしら返事を寄こしてこよう。しかし・・・もし返事がない時は・・・」
「・・・ギル殿を、討つことになりますか?」
エレンの問いかけに、ネルソンは小さくうなずいた。そしてその日のうちに、ネルソンの書状を携えた使者が、ギルのもとに急行した。
だが、その使者が戻ってくることはなかった。代わりに城に届けられたのは、エレンが最も聞きたくない報せであった。
「ギル・スティーク将軍、謀反!!」
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