側仕え(5)
「カレン!待ってくれ、カレン!」
長屋を飛び出したカレンを追い、エレンは町の路地裏に辿り着いた。その路地は人気がなく、しばらく行くと袋小路が見えた。その袋小路の隅の方で、カレンがうずくまって嗚咽を漏らしている。
「カレン・・・お城で、何かあったのか?」
エレンが問いかけると、カレンが涙に濡れた顔を上げた。
「エレン・・・私・・・私もう耐えられない!・・・あの王妃様のそばにいると・・・私・・・おかしくなりそう・・・!」
「王妃様・・・?一体、何があった?」
「あの方は・・・陛下をお人形か何かのように思ってらっしゃるわ・・・・・・誰にも渡さない、陛下は自分の物だって、そう仰って・・・・・・その時の王妃様の目が・・・すごく・・・気味が悪くて・・・!」
恍惚とした表情で、夫である国王を自分の物と言っていた、シャーンの姿。カレンはその時感じた恐ろしさを、今も片時も忘れることができない。
「それに・・・昨日、王妃様のもとをお父様が訪ねてたの・・・・・・その時お2人がしてた話が・・・あまりにも・・・ひどくて・・・・・・!」
――話は、1日前に遡る。
「王妃様。アルフォード家の長男と次男が死んだこと、誠にめでたい限りでございます。これで、我がベルナード家にもよい運が巡ってまいりました」
この日、シャーンの父親であり、王宮の首席顧問官であるジェームズ・ベルナードが、娘のもとを訪れていた。小間使いとして出仕していたカレンは、ジェームズとシャーンの会話を偶然ながら耳にすることとなった。
「父上、このような所でその話はおやめください。誰かに聞かれたらいかがなさるおつもりです?」
「まあよいではないですか。我らにとって・・・いや、この国にとって、めでたいことに変わりはありませぬ。あの忌々しいアルフォードの跡取りが、2人揃って消えてくれたのでありますからな」
嬉々として言葉を述べるジェームズに、カレンは心の底から嫌悪感を覚えた。するとシャーンが冷静な声で、父に釘を刺すように言った。
「父上、まだ油断はできませぬ。アルフォードの三男坊が、陛下の側仕えとして働き始めました。それも陛下は、その三男坊をいたく気に入っておいでです」
「三男坊・・・ああ、カルドに戻っていたとかいう小童ですか。はっ、そのような者に何ができまする?」
「侮ってはなりませぬ。あの者と一度だけ言葉を交わしましたが、あれは何も知らない風を装いながら、腹の底で何を考えているか分からぬ男です。わたくしは・・・あの者が恐ろしゅうございます」
(それって・・・エレンのこと・・・!?)
そう悟った途端、カレンの体はがくがくと震え始めた。そんな彼女に追い打ちをかけるように、ジェームズがシャーンに言葉をかける。
「なるほど・・・王妃様がそう仰るのならば、確かに侮れませぬな・・・・・・されどご安心くだされ。いざという時はこのジェームズが、その三男坊に対処いたしまする。王妃様は、お心安らかにお過ごしくださいませ」
「ええ、もしもの時は頼みます。あの者・・・まこと不気味な男じゃ・・・・・・」
それ以上、カレンは聞いていられなかった。彼女は涙に濡れた目を硬くつぶりながら、急いで部屋を後にしたのだった。
「そうか・・・そんな話を、王妃様が・・・」
「私・・・あんたのためならなんだってできるって、そう思ってた・・・・・・でも・・・これ以上、王妃様の近くにいたら・・・・・・私・・・きっと壊れちゃう・・・・・・もう・・・あんな怖い方のそばにいるのは、私・・・耐えられない・・・!」
自分の体を強く抱きしめながら、カレンは絞り出すような声で言った。エレンはそんな彼女の体を、強く抱きしめながら言った。
「すまん・・・!俺のために・・・お前にそんな苦労をかけてしまっていたとは・・・!」
「エレン・・・あんたが謝ることじゃないわ。私が・・・甲斐性なしなだけよ・・・」
「いや・・・城という場所は、想像以上におぞましい・・・・・・そんな中に、お前やダンたちを放り込んでしまったのは、この俺だ・・・・・・すまん・・・カレン・・・!」
エレンも涙を流しながら、しばらくカレンと抱き合っていた。やがて感情の波が引き、2人とも落ち着きを取り戻すと、カレンがゆっくりとエレンに言葉をかけた。
「エレン・・・そろそろ、長屋に戻りましょう。・・・こんなところ、もし誰かに見られたら、一大事だわ・・・」
「ああ・・・長屋まで送ろう。その後は、すぐに屋敷に戻る。父上に今聞いた話を伝え、カレンの仕事を、別のものに代えてもらおう」
「エレン・・・ありがとう、本当に」
エレンはカレンの手を取って立ち上がらせると、長屋に戻るために袋小路を抜けた。そして路地を出ようとしたその時、2人の前にある人物が姿を見せた。
「・・・サラ殿。なぜここに?」
「お父様の・・・使い・・・・・・それよりエレン・・・その人・・・誰?」
カレンの方をじっと見つめながら、サラがいつもより尖った声でエレンに問いかけた。一方のカレンもサラのことを、少し気まずそうに見つめている。
「ああ・・・お互いに紹介しよう。カレン、こちらはサラ殿。父上の盟友である、ルシウス・バルデッタ将軍のご令嬢だ。そしてサラ殿、こちらはカレン。私の故郷の幼馴染で、最近こちらに引っ越してきた」
エレンがそう紹介すると、カレンがサラに丁寧に頭を下げた。
「カレン・クロスと申します。以後、お見知りおきくださいませ」
「・・・・・・ふーん・・・・・・」
カレンに一瞬鋭い視線を向けると、サラは背を向けて去っていった。そんな彼女を見つめながら、カレンが顔をしかめてエレンに問いかける。
「ねえエレン・・・あの子、いつもあんな感じなの?」
「ああ・・・初めて会った時から、あんな感じだ。あまり、気にしない方がいい」
こうして、エレンはカレンを長屋まで送ると、すぐにアルフォードの屋敷まで戻った。そこで父のネルソンに、先ほどカレンから聞かされた話を告げた。
「なるほど、王妃様がな・・・・・・はっ。鳶が鷹を生むとは、まさにこのことか」
「笑い事ではございませぬ。それに、王妃様から気味悪がられているというのも心外でございます。私は父上に言われたとおり、己を偽らずにやったまででございます」
口を尖らせながら言った息子に、ネルソンは苦笑いしながら応えた。
「そうであったな。・・・分かった。カレンの勤め先を変えよう。この家で使用人として働いてもらう。さすれば、あやつにもお前にもよいであろう」
「はっ・・・私、にも・・・?」
「隠さずともよい。半年前カルドに戻ったのも、カレンと共に生きたかったからであろう?お前は昔から、あやつのことが好きだったゆえな」
父の言葉に、エレンは顔が真っ赤になった。そんな息子をからかうように、ネルソンがさらに言葉を続ける。
「図星か。確かに自分を偽らぬようにとは言ったが、少しくらいは演技をせよ」
「そのように言われましても・・・私は演技は苦手でございますゆえ・・・!」
ともあれ、カレンの城勤めは解かれることとなった。暗い話題が多かった今日のエレンにとって、それだけが唯一の救いであった。
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