城への帰還(4)
カルドを出立してから、3日後。ついにエレンたちは、エルドラ城下に辿り着いた。
「おお!見えてきたぞ、城下が!」
一刻も早く城下に辿り着きたくてうずうずしていたカイルが、遠目に見える城下町に興奮の声を上げた。しかし、いざ城下町に足を踏み入れ、そのどこか重い雰囲気、そして町の至る所に座り込む負傷兵の姿を見るなり、カイルの表情は一気に暗くなった。
「・・・ほんとだったんだな。エルドラが・・・負けたって・・・」
「ああ・・・1万もの兵が、戦場で命を落とした。負傷した者は、もっと多い」
エレンの言葉に、カイルは口をつぐむしかなかった。ダンとカレン、そしてエミルも、硬い表情で城下を見回す。
やがて一行は、アルフォード家の屋敷に辿り着いた。ここで、エレンの隣で馬に乗っていた護衛の男が、慇懃に頭を下げながら言った。
「では、私の役目は終わりましたので、ここで・・・」
「ええ・・・ここまでの護衛、感謝いたします」
エレンが頭を下げて礼を言うと、男は馬首を城に向けて去っていった。エレンはようやく安堵の表情を漏らすと、ついてきた仲間たちに言葉をかけた。
「では、まずは父上に会ってもらう。父上が、城での仕事を斡旋してくれるはずだ」
「親父さんか・・・懐かしいな。あの頃はまだ、どこにでもいる農夫だったんだけどな・・・」
「滅多なことは言わないで、兄さん。今やネルソン様は宰相殿よ」
カレンが兄をたしなめるように言った、その時であった。屋敷の隣に建つウォンデーヌ家の屋敷から、1人の少女が飛び出してきた。
「エレン様・・・!お戻りになるというのは、本当だったのですね!」
「ああ・・・不本意ではあるが、帰ってくることになった。今後は再びこの屋敷に住むゆえ、よろしく頼む、イリア殿」
エレンが小さく頭を下げると、イリアは目を潤ませながら小さくうなずいた。しばらく彼女はエレンの顔を見つめていたが、やがてはっとした表情で小声で言った。
「では、私はこれで・・・・・・父に見つかったら、面倒なことになりますので・・・」
「うむ・・・我々も、すぐに父上に合わねばならぬゆえ、これで・・・」
イリアは小さく頭を下げると、そそくさと屋敷に戻っていった。その背中を見送ったエレンの耳に、カイルの呑気な声が飛び込んでくる。
「はー、美人さんだなぁ・・・あんな知り合いがいるなんて、羨ましいぞ、エレン」
「よせ、ただ隣同士で親しかっただけだ。それに彼女・・・イリア殿のお父上は、城で文官を務めておられるのだが・・・・・・父上との仲は文字通り最悪、さっきの会話だって、見つかればイリア殿が何と言われるか・・・」
「早速複雑だなあ・・・隣同士でこれだもんな、城の中はもっとドロドロな気がしてきた」
ダンの言葉にうなずきながら、エレンは馬を繋ぐために屋敷の厩舎に向かった。その背中に、カレンが複雑な視線を向けていたことに、彼は全く気付いていない。
そして厩舎で馬を繋ぐと、ついにエレンは仲間たちと共に、屋敷に足を踏み入れた。使用人たちが深々と頭を下げる中、エレンは2人の兄の葬儀の準備をしているであろう、父の部屋に向かおうとした。
「戻ったか、エレン殿」
そんなエレンたちの前に姿を見せたのは、黒いドレスに身を包んだ義姉のジャンヌであった。その背中には、同じく黒い衣装に身を包んだ、もう1人の義姉・マリアの姿がある。
「義姉上たち・・・ええ。戻ってまいりました」
「よかった・・・ルーカスとお義兄様がいなくなって、この家も寂しくなると思っていましたの。・・・あなたが戻ってきてくれれば、少しはこの家も明るくなります」
未だに悲しみが癒えていない様子だったが、それでもマリアが笑みを浮かべて言った。
「兄上2人の代わりにはなれませんが・・・今後とも、よろしくお願いいたします」
エレンが深々と頭を下げると、2人の義姉は視線を交わして小さくうなずき合った。エレンは顔を上げるとすぐ、ジャンヌに謝罪の言葉を述べた。
「ジャンヌ義姉上・・・家督の件、本当に申し訳ございませぬ。義姉上のご覚悟を・・・踏みにじる形となってしまって・・・」
「よい。すべては義父上がお決めになり、そなたが選んだ道である。・・・私は、お2人の決断に従うまで」
「義姉上・・・」
エレンの言葉に表情を変えることなく、ジャンヌが淡々と彼に告げた。
「義父上とミア殿がお待ちだ。連れてきた者たちとも会いたがっている、早く顔を見せられよ」
「はっ。・・・では、これで・・・」
2人の義姉と別れると、エレンは仲間たちと共に再び父の部屋へ向かった。そのさなか、カレンが不意に口を開いた。
「お2人とも、綺麗な方ね・・・さすがエルドラの女神と、エルドラ一番の美女なだけあるわ」
「あのお2人を嫁に迎えているというだけで、この家のすごさを見せつけられた気がします・・・」
エミルの言葉に、エレンは反論することができなかった。そしてようやく、エレンは父と妹の元へ辿り着いた。
「おお・・・戻ったか、エレン」
「はっ・・・ただ今、戻ってまいりました」
慇懃に頭を下げたエレンに続き、カレンたちもネルソンとミアに頭を下げた。カレンの顔を見るなり、ミアがぱっと表情をほころばせた。
「もしかして・・・カレンお姉ちゃん!?久しぶり!元気だった!?」
「ミア・・・ええ。今日まで無事、大きなけがも病気もなく、過ごしてこられたわ」
幼馴染のミアに声をかけられたことで、張りつめていたカレンの表情がようやく和らいだ。ネルソンは懐かしそうな目で、エレンが連れてきた仲間たちを見つめている。
「それに・・・ダンとエミル、カイルまで来たのか。お前たちが子供の頃をよく覚えている。相変わらずエミルは本の虫で、カイルは剣の修行に明け暮れているか」
「はっ・・・覚えていてくださり、恐縮です、宰相殿・・・」
「はい!お久しぶりです、ネルソンさん!・・・あ、いや、宰相殿!!」
「よいよい。わしとお前たちの仲だ。そんなに、硬くなる必要はない」
エミルとカイルに柔らかい笑みを向けると、ネルソンはダンに視線を向けた。
「息子についてきてくれたこと、心から感謝する。お前とカレンは幼き頃より、エレンと家族のように親しかった。そのお前たちが近くにいてくれれば、エレンにとって、これ以上の味方はあるまい」
「はっ・・・全力で、ご子息をお支え致します、宰相殿」
ダンが緊張しながら言葉を返すと、ネルソンは小さくうなずいて一同に告げた。
「皆の働き先は、わしが何とかする。しかしまずは、明日行われるゴールとルーカスの葬儀に出てもらいたい。・・・あの2人も、馴染みの者たちに送られれば、迷わず辿り着けるであろうからな」




