不忠の男(1)
ここからが、物語全体の第20章になります
レオナルド国王歴10年、冬。
その日、レオナルドはランスを呼びつけ、2人きりで話をしていた。
「そなたの領内で、新たな金山が見つかったそうじゃな」
「はっ・・・長年の調査の結果が、報われました」
「うむ・・・その金山なのだがな」
そこで一旦言葉を切ると、レオナルドは鋭い目でランスを見据えて言った。
「わしにくれぬか?」
「ッ!?」
思いがけないレオナルドの言葉に、ランスは思わず息を飲んだ。
「それは・・・どういうことでございましょう?」
「なに、そんなに難しい話ではない。そなたの所領を、我がエルドラの直轄地にしたいのじゃ。その代わり、そなたには王領の中から好きな場所をくれてやる。どうじゃ?悪い話ではあるまい?」
「そ・・・それは・・・」
言葉を詰まらせるランスのもとに、立ち上がったレオナルドが歩み寄って言った。
「頼む。わしはどうしても、金山が欲しいのじゃ。アレックスの今後を考えると、王家にはますます力が必要じゃ。金は、その力の源になる。どうじゃ?この国のため・・・わしのため・・・アレックスのためと思って・・・そなたの所領、譲ってはくれぬか?」
ランスの肩を両手でつかみながら、レオナルドは必死に懇願した。しかしランスは目を伏せると、首を強く横に振った。
「できませぬ・・・!どうか・・・どうかご容赦を・・・!」
「なぜじゃ?なぜわしの言うことが聞けぬ!?・・・もうよい。下がれ!」
「はっ・・・!」
こうして、ランスはレオナルドの前から姿を消した。レオナルドはいらだったような表情を浮かべると、玉座にどかりと腰を下ろした。
「結局あの者も、金山を手放したくないだけであろう。皆わしと同じじゃ。金の魅力には抗えぬ」
そう口にすると、レオナルドは自嘲するかのように小さく笑みを浮かべた。
「わしは・・・これでも譲歩したのじゃぞ、ランス・・・・・・それでも断るというのなら、そなたを・・・討たねばならぬぞ・・・・・・!」
一方。城に蓄えられている資金の不自然な動きを追っていたエミルが、調査結果をカールに差し出した。
「訴えの通り、金貨が100枚、銀貨が200枚ほど、帳簿と合いませぬ。そして、この帳簿の記録を取り仕切っていたのは、ご存じの通り、ニール様でございます」
「うむ・・・ニール殿なら、金が足りなければすぐに気づくはず。また、あの御仁の性格ならば、足りないとなればすぐに報告するであろう。それがなかったということは・・・」
「はい。おそらく、ニール様ご自身が、資金を横領しておられます」
エミルの言葉に、カールは苦い表情を浮かべた。まさか、あの小心なニールがこんなことをするとは、まったく予想もしていなかった。
「ともかくこの件、宰相殿にご報告する。ことと次第によっては、ニール殿は死罪になるかもしれん」
「はい・・・宰相殿は、こういった不正が一番嫌いでございます。・・・とはいえ、宰相殿は優しいお方。さすがに、死罪にまではならぬかと」
「それは分からぬ。エミル、ついてまいれ」
「はっ」
こうして、資金の不足がエレンに伝えられた。その報告を受けるなり、エレンの表情は暗くなった。
「まさか・・・ニール殿が、横領を・・・?」
「ほぼ、間違いないと思います。最後に帳簿が記録されたのは、僕の所に訴えが来る、わずか2日前のことです。たった2日の間に、これだけの金が動くとは思えません」
エミルの言葉に、エレンの表情がますます暗くなった。
「では・・・ニール殿はもっと前から、帳簿をごまかして横領していたと・・・?」
「そこは、何とも言えませぬ。しかし宰相殿、ニール殿をこのままにしておくことはできませぬ。一度、事の真偽を確かめられては?」
「・・・分かりました。ニール殿を、すぐここへ」
直ちに、ニールがエレンの前に呼び出された。そこでエレンは、エミルが調べた不自然な金の動きを伝え、ニールにことの真相を問い詰めた。
「ニール殿・・・正直に仰ってくださいませ。あなたは・・・国の資金を、ご自分の判断で動かされたのですか?」
「ま・・・まったくの濡れ衣でございます!!私は、自分の仕事を全うしたまででございます!!横領など、とんでもない話だ!!」
顔を真っ赤にしながらも、ニールは体を震わせて叫んだ。
「しかしニール様、最後に帳簿が記録されてから2日の間に、このような大金が動くとは思えません。どうか・・・隠していることがあるなら、正直に仰ってくださいませ」
「黙れ!!そなた、宰相殿と同郷なのをいいことに、近頃図に乗りすぎじゃ!!」
エミルを怒鳴りつけたニールに、エレンが語気を強めて反論した。
「それは今関係ありませぬ。ニール殿・・・エミルも私も、真実を知りたいだけでございます。どうか・・・正直にお話しくだされ」
「私は最初から、正直に話しております!それでも信じないおつもりなら、もはや私がここにいる意味はありますまい!!」
吐き捨てるように叫ぶと、ニールは執務室を後にした。エレンはカール、そしてエミルと視線を交わすと、何かを悟ったようにうなずき合った。
「して・・・いかがなさいます?」
カールの問いに、エレンは低い声で答えた。
「ニール殿の身柄を押さえましょう。それと、ニール殿の一族の身柄も、併せて押さえるのです」
しかし、その目論見は失敗することとなった。エレンたちのもとを去るなり、ニールは城から姿をくらませてしまったのである。
「読まれていたか・・・・・・こうなれば、ニール殿の一族だけでも、捕らえねばならぬ」
エレンの命令で、城下のニールの屋敷に住む彼の一族が、ことごとく捕らえられた。そんな中、当のニールの姿は、意外な人物の前にあった。
「ランス殿・・・どうか、わしを助けてくれぬか?」
ニールが身を寄せたのは、妹婿のランスの屋敷であった。ランスはレオナルドのもとを辞すと、そのまま屋敷に引き返していたのだった。
「横領などと・・・何ゆえそのようなことをなさったのです?」
「わしはただ、家のためになればと思ってやったのだ。ランス殿、どうかわしに力を貸してくれ。そなたも、陛下に何か、無理難題を吹っ掛けられたのであろう?顔を見ればわかる」
「はっ・・・実は、ノルドの地を差し出せと、陛下に言われました・・・・・・陛下は、ノルドで新しく見つかった金山を欲しておいでです。代わりの地を差し出すゆえ、ノルドを譲れと・・・そう言われました・・・」
「何と無茶なことを・・・!ランス殿、そのような命令に、従うことはない。そなたは五将軍の一員。そのそなたが兵を挙げれば、今の陛下や宰相殿の政に不満を持つ者が、続々と集まろう」
その言葉に、ランスは目を大きく見開いた。
「謀反を起こせと・・・そう仰るのですか!?」
「もはや、我らが生き残るにはそれしかない!そなたも、陛下の望みを断ったのだろう?なれば陛下は必ず、そなたを逆賊として討とうとされるはずじゃ。討たれる前に討つ。それが武人というものではないか?」
「・・・なれど・・・!」
逡巡する義弟の両手を、ニールは強く握りしめた。
「迷っている暇はない!!このままでは、わしは宰相殿に、そなたは陛下に潰される!!だったら・・・生き残りをかけて、戦う他あるまい!!」
それでも、まだランスは迷っていた。そんな彼のもとに、妻であるニールの妹・クレアが駆け寄り、その背中を強く抱いた。
「旦那様・・・お願いでございます!どうか・・・兄と私を助けると思って、兵を・・・お挙げください・・・!」
「クレア・・・・・・」
妻の哀願に、ランスは重々しくうなずいた。その日の内に、ランスは妻とニール、そして屋敷の兵を連れ、エルドラ城下を後にした。
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