穏やかな日々(6)
ここまでが、物語全体の第19章になります
王妃のジェシカが世を去ったのは、レオナルド国王歴が10年目を迎えて、わずか12日目のことであった。
眠るように息を引き取った母の姿に、アレックスは涙を流さなかった。――いや、流せなかったという方が正しいかもしれない。まだ4歳の幼い王子には、母を失うという大きすぎる悲しみが、まだ十分に理解できていないようであった。
「アレックス様・・・」
そんな王子の体を、マミヤが潤んだ目で強く抱きしめた。アレックスもマミヤにだけは甘えられるのか、彼女の体を強く抱き返した。
「マミヤ・・・おかあさま・・・いなくなっちゃったの?」
「ええ・・・お母様は、永い眠りにつかれました。・・・これからは、このマミヤが、あなたのことをお守りいたします」
季節は冬であったが、ジェシカのために国葬が執り行われた。優しく、誰にでも分け隔てなく接した王妃の死を、彼女を知る者は皆心から悼んだ。
――そんな中、ある2つの事件が起きた。
「金が足りない?どういうことです?」
ジェシカの葬儀が終わって、10日ほどが経ったある日。1人の下級の文官が、エミルのもとを訪れて告げた。
「はっ・・・私は、王妃様の国葬の実務に当たったのですが・・・・・・その際にかかる費用を蔵から持ち出し、残りの金額と照らし合わせたところ、あまりにも大きな差が出たのです」
「そうですか・・・・・・ちなみに、いくらほど足りないのです?」
「金貨が100枚、銀貨が200枚ほど足りませんでした。・・・もちろん、その程度と捉える人もいるかもしれませぬ。なれど・・・私には、あまりにもこの差が大きく見えたもので・・・」
「いや、その感覚が正しいと思います。よく知らせてくれました。ありがとうございます」
エミルは早速、このことについて調べようとした。だがその時、彼の胸にある疑念が宿った。
(蔵の金は、普段はニール様が管理しておられる・・・・・・もしやとは思うが、ニール様が蔵の金に手を付け、それを隠そうとしておられるのなら・・・・・・)
先ほどの文官が自分に相談したのも、ニールに言えば揉み消されると思ったからかもしれない。そう直感したエミルは、しばらく誰にもこのことを告げず、独自に調査することに決めるのだった。
2つ目の事件は、エミルが調査を開始してから、わずか3日後に起きた。
「陛下、今は新たな王妃様をお迎えするべきではありませぬ。まだジェシカ様が亡くなられて、一月も経っておりませぬ。そのような時に、新たな王妃様をお迎えするというのは・・・」
「うむ・・・じゃがの、エレン。わしはこれ以上、王妃がおらぬ暮らしをしたくないのじゃ。独り身の辛さ・・・そなたには分からぬであろうがな・・・」
「・・・お気持ちは察しまするが、それでは、アレックス様が不憫でございます。どうか・・・どうかせめて、ジェシカ様の喪が明けるまでは・・・」
「いや。わしはもう決めた。すでに相手に、結婚の意向も伝えてある」
「陛下・・・!」
「エレン。このこと、そなたに意見を求める気はない。わしは・・・わしの気持ちには逆らえぬ」
レオナルドの決意は、もはや揺るがないようであった。そんな主の姿に、エレンはそれ以上の言葉を失うのだった。
レオナルドが3人目の王妃を迎えたのは、それから5日ほどが経った日のことである。
新たな王妃の名はモニカといい、またしても侍女の出身であった。ジェシカの喪が明けていないため、結婚式は行われなかったが、この電撃結婚は、国内で大きな話題を呼んだ。
「陛下は・・・アレックス様のお気持ちを何だとお思いなのでしょうか!?お母上を亡くしたばかりのアレックス様に、新しいお母様などと・・・・・・あまりにも、急すぎる話でございます!!」
結婚の報せを耳にしたマミヤが、エレンの執務室を訪ねて声を荒げた。エレンは彼女とアレックスに同情しつつ、落ち着いた口調でマミヤに告げた。
「なれど・・・陛下のご決断に、私たちは口を挟めません。今は・・・新たな王妃様とのご結婚を、祝福する他ないかと・・・」
「分かっています。・・・ですが、あまりにも無体な話ではございませんか!?アレックス様が・・・本当に・・・お可哀想で・・・!」
ついにこらえきれず、マミヤは泣き出し始めてしまった。エレンはかける言葉を見つけらず、ただただ彼女を見つめることしかできなかった。
「・・・取り乱して、申し訳ございませぬ。なれど・・・私の気持ちは、より強くなりました」
やがて、涙を手の甲で強く拭うと、マミヤは強い決意を宿した目で言った。
「私は・・・何があってもアレックス様をお守りいたします。あの方を・・・次期国王にふさわしい、立派なお方に育て上げてみせます」
「マミヤ殿・・・」
エレンの言葉が耳に入っていないかのように、マミヤは執務室を後にした。エレンは椅子に座り直しながら、深いため息をつくのだった。
それから、およそ2週間後。レオナルドのもとに、ある報せが届けられた。
「おお・・・!ノルドの地で、ついに・・・金が・・・!」
手の中の書状を握りしめながら、レオナルドが歓喜の声を上げた。ノルドとは、エルドラの西部に位置する一帯の名称であり、そこはランスの所領となっている。以前より、金の鉱脈が存在する可能性があるとして、調査が進められていた。そしてついに、ノルドの山から金が採れたという報告が、レオナルドにもたらされたのであった。
「金山か・・・ぜひ・・・わしのものにしたいのう・・・!」
この瞬間、しばらく保たれていたエルドラの平和は、音を立てて崩れることとなった。エルドラを、新たな不穏の影が包み込もうとしている。
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