穏やかな日々(5)
突如として倒れたジェシカは、すぐに城付きの医師の診察を受けることとなった。
「おそらく、頭の中の出血でございましょう。恐れながら、助かる見込みはほぼありませぬ」
医師の言葉に、レオナルドの表情は暗くなった。
「そうか・・・・・・わしは・・・またしても妻を失うのか・・・・・・」
「ちちうえ・・・・・・」
落胆の表情を浮かべるレオナルドに、アレックスがか細く声をかけた。その背中を、マミヤがそっと抱きしめて言った。
「アレックス様、お母上はきっと・・・きっと目を覚まされます。さあ・・・こちらへ」
今は、レオナルドとジェシカを2人きりにした方がいい。そう判断すると、マミヤはアレックスを連れ、部屋を後にした。
「え!?王妃様が!?」
その日の夜。帰宅したエレンはカレンとさらに、ジェシカが倒れたことを告げた。
「ああ。医師の話によると、助かる見込みはほぼないとか・・・」
「そんな・・・アレックス様、まだ・・・4歳なのに・・・・・・」
「・・・可哀想」
突如として母が倒れたアレックスに、カレンもサラも同情した。
「もちろん、まだ助からないと決まったわけではない。しかし・・・その可能性は、低いだろうな」
「そうなったら・・・マミヤさん、どうなるの?」
カレンの問いかけに、エレンはこれまでの慣例を踏まえて言った。
「王妃様が亡くなられたとしても、アレックス様の乳母であるマミヤ殿は、引き続きアレックス様をお育てすることになろう。乳母の役目は、王妃様が亡くなったとて終わりはせぬ」
「そう・・・なら、せめてもの救いね。マミヤさん、アレックス様をお育てすることに、並々ならぬ力を注いでるみたいだし・・・」
「ああ。まるで、実のお子のように、アレックス様に接しておられる。前のご主人との間に、子供が生まれなかったというのもあるのだろうな」
「じゃあ・・・もし王妃様が亡くなったら、マミヤさんが、王子様のお母さんになるの?」
どこか子供のような表情で問いかけたサラに、エレンは小さく首を横に振って答えた。
「そういうわけでないが、立場としては近いものになる。王妃様が亡くなれば、文字通りの母親代わりとして、アレックス様に接することとなろう」
そうエレンが口にすると、カレンがマミヤを案じるように言った。
「マミヤさん、頑張りすぎて、無理をしなきゃいいけど・・・・・・あの人は芯が強いから、かえって心配になるのよね・・・・・・」
それは、エレンも同感であった。マミヤに片思いしているダンは、もっと彼女のことが心配であろう。
(この先・・・王妃様が身罷ったとしても、何も起きなければよいのだが・・・・・・)
ジェシカが倒れて、数日後。この日、城勤めが休みのエレンのもとを、ある人物が訪ねてきた。
「こんにちは、皆さん。新年おめでとう・・・とは、少し言いづらい雰囲気だけど」
「マリア義姉上!それに・・・リーフも!!」
「はい!おひさしゅうございます、おじうえ!!」
ルーカスの副官であったダリオ・モンティのもとに嫁いだ義姉のマリアが、今年6歳になる息子のリーフを連れ、アルフォード家に久々に顔を見せた。
「リサの顔を見たくなってね。・・・あら、リサ!こんにちは」
「はい!こんにちは!!」
今年4歳になるリサが、全く物怖じせずマリアに挨拶した。彼女は程なくリーフと遊び始め、エレンはカレン、そしてサラと共に、マリアと同じテーブルを囲んだ。
「王妃様の件、夫から聞きました。大分・・・お悪いようですね」
深刻な表情で言ったマリアに、エレンは小さくうなずいた。
「ええ・・・医師の話では、あと何日持つか分からぬと・・・」
「まあ・・・アレックス様も、お気の毒に・・・」
「まったくもって、その通りでございます。なれど、義姉上もご存じの通り、私の同郷の者が乳母を務めております。その者がいれば、きっとアレックス様は、立派にお育ちになりましょう」
「あなたが言うのなら、そうなのでしょうね。・・・けれど、親がいない子供の気持ちは、想像するだけで辛くなります。私もリーフに、辛い思いをさせてしまったから・・・」
無邪気な笑みを浮かべてリサと遊ぶリーフを見ながら、マリアは物憂げな表情で言った。どこか重い空気が流れる中、カレンが思い切ってマリアに尋ねてみた。
「マリア様、ダリオ様との暮らしはどうですか?」
「ええ!あの人ったら、私とリーフにずいぶん気を遣うのよ。きっと、ルーカスへの負い目が少なからずあるのね。そんなことを気にする人じゃないって、何度も言っているんだけど」
「それだけ、ダリオ殿が誠実なお方ということでございましょう。義姉上、よきお方と巡り会えましたな」
「ええ、本当に。あなたが背中を押してくれたおかげです、エレン殿」
マリアが明るい茶色の瞳で、エレンの目を見つめて言った。その一方で、サラはリサとリーフが遊ぶ姿を、微笑みながら見つめている。
「あの子の目・・・綺麗・・・」
「ありがとう、サラさん。リーフという名前は、あの緑の目からつけたのですよ」
それからしばらくして、マリアはリーフと共に去っていった。エレンが久方ぶりにかつての家族との時間を楽しんだ一方で、城ではとうとう、大きな別れの時が訪れようとしていた。
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