穏やかな日々(4)
大きな事件も戦もない、穏やかな時間。しかしその間に、悲しいことが1つもなかったというわけではない。
エレンの父のネルソンの代から、文官として活躍していたディエゴ・マッコイが、74歳でこの世を去った。
マッコイ家は、ディエゴの長男が継ぐことになった。彼もまた文官ではあったが、その能力はお世辞にも、ディエゴに比肩するとは言えないものである。
その一方で、文官の若手の中で台頭してきているのが、エミルである。彼はディエゴだけでなく、エレンの側近であるカールや、国の財政を預かるニールのもとで、6年間文官として修業を積んできた。その成果がいよいよ発揮されてきたのか、エミルは若手の文官の中でも、めきめきと頭角を現し始めている。
「エミル・・・お前に、ディエゴ殿の仕事を継いでもらいたい。頼めるか?」
「僕に・・・ですか?」
エレンから打診された時、エミルは驚いたような表情で尋ねた。
「ああ。若手の文官の中でも、お前の成長ぶりは著しい。俺は、お前の今後の活躍を信じている」
「・・・分かりました。ディエゴ様の後任、謹んでお受けいたします!!」
こうしてエミルはディエゴの後を継ぎ、エルドラの司法に携わることとなった。そんな中、ディエゴに続くかのように、ある人物の家で不幸があった。
「ランス殿・・・奥方様の件、心からお悔やみ申し上げます」
「ありがとうございます、宰相殿。妻は・・・以前より病弱でした。いつかは・・・こうなることも覚悟していましたが・・・・・・」
エルドラの将軍の1人であるランス・カロットの妻が、まだ31歳という若さでこの世を去った。エレンに言葉をかけられたランスが、彼に感謝の言葉を返した。
「ランス殿・・・少し、よろしいか?」
そんなランスに、1人の人物が声をかけた。その人物とは、エレンの下で働く文官のニールであった。
「ニール殿・・・いかがなさいましたか?」
「実は・・・いや、このような時にこの話はよそう。いずれ・・・時期が来たら、また声をかけまする」
そそくさと去って行ったニールを見て、エレンとランスは顔を見合わせた。それから1ヶ月ほど経ち、季節が冬へと差し掛かろうとする中、ニールがランスに話を持ち掛けた。
「実は・・・我が妹が、夫と離縁しましてな。何とか次の相手をと、よき男を探していたのですが・・・」
「・・・よもや、妹御を、私の妻に・・・と?」
ランスの言葉に、ニールが小心者らしくどこか大げさにうなずいた。
「そうなのじゃ!妹の離縁も、もとはといえば夫であった男の不貞が原因。私は・・・妹が不憫でならぬのです。・・・ランス殿、いかがであろう?我が妹を・・・そなたの妻として娶ってはくださいませんか?」
「それは・・・少し、考える時間を下され」
こうして、話は一旦保留となった。ランスはエレンとルシウスに、一連のことを相談した。
「なるほどな・・・ま、いいんじゃねえか?ニール殿の妹となれば、血筋は申し分ない」
ランスから事情を聞いたルシウスが、縁談に賛成するように声を上げた。
「確かに・・・宰相殿は、どう思われますか?」
「・・・私は、他の方の結婚に口をはさむつもりはありませぬ。なれど・・・ニール殿とのつながりを深めておくことは、いずれはランス殿のためにもなりましょう」
ランスは、まだ迷っているような表情を浮かべていた。しかし、ルシウスとエレンの言葉が、彼の背中を押したようであった。
「ありがとうございます、お二方。私は・・・この縁談、受け入れたいと思います」
こうして、ランスはニールの妹と再婚を決めた。腹心である文官の妹が、有力な将軍に嫁ぐということは、エレンにとっても決して損な話ではなかった。
こうして月日は流れ、ついにレオナルド国王歴も10年目を迎えた。――事件が起きたのは、その矢先のことであった。
「陛下・・・王妃様・・・アレックス様・・・・・・新年、まことにおめでとうございます」
新年初日、エレンは文官や将軍たちと共に、国王一家に新年の祝いの挨拶を述べた。
「うむ。わしが王になって、今年で10年目じゃ。早いものじゃの・・・」
感慨深そうな表情で言うと、レオナルドはエレンたちを見据えて口を開いた。
「皆、これからも我らを支えてくれ。わしはアレックスのために、この国をもっと良くしたいのじゃ。そのための力を、我らに貸してくれ」
「わたくしからも、お願い申し上げます。皆様のお力があればこそ、わたくしたちは、この国を治めることができるのです。どうか・・・皆様のおち・・・から、を・・・」
その時、ジェシカが急に言葉を詰まらせたかと思うと、力が抜けたようにその場に倒れ込んだ。
「王妃様・・・王妃様!!」
アレックスの近くに立っていたマミヤが、突然倒れ込んだジェシカのもとに駆け寄った。エレンも突然の事態に驚きながらも、すぐに周囲の者たちに叫びかけた。
「誰ぞ・・・誰ぞ医者を!!」
「王妃様、しっかりなさいませ!!王妃様、王妃様!!」
マミヤが必死にジェシカに叫びかける中、レオナルドも玉座から立ち上がり、妻の体を抱きかかえて言葉をかけた。
「ジェシカ、目を開けぬか!?ジェシカ!!ジェシカ!!」
レオナルドがどれだけその名を呼んでも、ジェシカが目を開けることはなかった。あまりに突然の出来事を、今年4歳となるアレックスは、呆然とした表情で見つめていた。
ご覧いただきありがとうございます。
評価や感想をいただけると、とても励みになります。よろしければ、ぜひお願いいたします




