穏やかな日々(1)
ここからが、物語全体の第19章、そして第3部になります
レオナルド国王歴9年、秋。
エレンの命を脅かしたサイラス・カーンの変から、もうすぐ2年が経とうとしている。この2年間、エルドラでは大きな事件は起こることなく、穏やかな日々が続いた。
「行くぞリサ!逃げられるかな!?」
「きゃー!!ちちうえがおいかけてくる――!!」
この日、仕事が休みであったエレンは、昼間から庭で娘のリサと遊んでいた。彼女ももう3歳になり、わんぱく盛りの日々を過ごしている。追いかけっこをする2人を、カレンとサラが微笑みながら見つめていた。
「ふふっ。エレンったら、久々の休みだからって張り切っちゃって」
「うん・・・でも・・・2人とも楽しそう」
実の母であるサラはもちろんのこと、カレンも実の娘のように、リサのことを大切に思っている。リサもカレンによくなついており、彼女のこともサラと同様に、『ははうえ』と呼んでいる。
「ほら、捕まえた!」
「きゃ――!!ははうえたち、たすけて――!!」
「やれやれ・・・リサ!母上が助けてあげるわよ!」
「あっ、カレンさんずるい・・・!私も行く・・・!」
リサの方に駆け出したカレンを追って、サラも娘に向かって走り出した。リサは屈託ない笑みを浮かべると、2人の母の体に抱き着いた。
(いいものだ・・・家族というものは・・・)
様々な戦や事件を経て、ようやく訪れた平和な時間だからこそ、余計にそう感じるのかもしれない。エレンは愛する2人の妻、そして娘を、何があっても守り抜くと誓っていた。
「リサは、本当にいい子だわ。サラさんのしつけ方がいいのかしら。素直で、私の言うこともちゃんと聞いてくれるの。まだ3歳だけど、とても賢い子だと思うわ」
その夜。寝室にやってきたエレンに、カレンはリサを褒める言葉をかけた。
「サラだけでなく、お前の育て方もいいのだと思う。俺があの子と長く過ごせない分、お前とサラが、あの子を良く育ててくれている。本当に・・・感謝しかない」
小さく頭を下げたエレンに、カレンは気恥ずかしそうな笑みを浮かべて応えた。
「今更何言ってるのよ。あの子を家族として育てていこうって言ったのは、あんたでしょ?」
「そうだな。正室も側室もない。あの子は・・・お前の娘でもある」
この2年間で、エレンとカレンの間に子供は生まれなかった。カレンは表向きは明るく振る舞い、リサの第二の母親として子育てに勤しんでいるが、彼女が胸の内で抱える悩みを、エレンは敏感に察していた。
「血の繋がりなど関係ない。リサは、俺たちみんなの子だ。これからも、あの子のことを、共に守ってくれ」
「ふふっ・・・当然よ。娘を守らない母親がいるもんですか」
カレンの言葉に笑みを浮かべると、エレンは彼女の体を強く抱きしめた。カレンもそれに応えるように、夫の体を強く抱き返した。
「・・・そう。とてもお上手でございます、アレックス様」
翌日。ペンで字を書く練習をする王子のアレックスに、乳母のマミヤが褒めるように言葉をかけた。
リサと同じ年に生まれたアレックスも、今年で3歳になっている。彼は次期国王として、まだ3歳という幼い年齢から、読み書きの勉強をさせられていた。
「マミヤ、まだやるの?」
「ええ、その通りでございます。アレックス様は、次の王様になられるお方。誰よりも、賢くならねばなりませぬ」
マミヤは微笑を浮かべながらも、決して妥協のない言葉をアレックスにかけた。アレックスは少し嫌そうな顔をしたものの、再び字を書く練習をし始めた。
「我が子の成長ほど、見ていてうれしいものはないな。あのアレックスが、字を書けるようになるとは・・・」
「わたくしなど、あの年頃の時は外で遊んでばかりでしたわ。マミヤのおかげで、アレックスがどんどん賢くなっていくようで、わたくしは嬉しゅうございます」
そんな息子の姿を見ながら、国王夫妻が感慨深そうに声を上げた。2人の視線に気づくと、マミヤが小さく頭を下げた。
「アレックスは、まことよい乳母に恵まれた。いずれ・・・わしや父よりも、賢い男になるやもしれん」
「ええ・・・なれど陛下、過度な期待は、お互いを苦しめるだけでございます。あの子はあの子なりに成長しましょう。わたくしたちはそれを、見守ることしかできませぬ」
「うむ・・・それも、そうかもしれぬな」
数日後。アルフォードの屋敷を訪れたダンが、リサの体を抱き上げていた。
「そらどうだ、リサ!高いであろう!!」
「きゃー!!おじうえ、もっとやって!!」
「よーし、分かった!ほれ見ろ、高いだろう!!」
「ふふっ。兄さんったら、すっかりリサの虜ね」
心から楽しそうなリサとダンの姿に、カレンが笑みを浮かべながらエレンに告げた。
「ああ・・・カレン、前から考えていたことではあるのだが・・・・・・久々に、カルドに戻らぬか?」
「え・・・?カルドに?」
思いがけない夫の提案に、カレンが驚きの声を上げた。
「ああ。ダンもエミルも、できればマミヤ殿も連れて、皆でしばらく、里帰りしてみないか?もちろん、サラとリサも一緒だ」
「それは・・・でも、あんたは宰相よ。そんなこと、してる暇あるの?」
「ここ最近、大きな事件も訴えもないからな。大方のことであれば、カール殿やディエゴ殿たちが、何とかしてくれよう。ほんの数日、カルドに戻るだけのことだ。そんなに影響もあるまい」
「まあ・・・あんたがそう言うなら・・・・・・私も久々に、カルドの空気を吸いたいわ」
カレンのその言葉に、エレンは表情をほころばせた。
「よし・・・なら決まりだ!ダン、少し話がある!」
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