女たちの戦い(1)
ここからが、物語全体の第17章になります
レオナルド国王歴5年、秋。
ザメクの反乱から一月ほどが経ち、カルドでの生活が困難になったマミヤが、エルドラ城の侍女として働き始めた。
「マミヤは、とても気が利く人です。わたくしも陛下も、すっかり気に入ってしまいましたわ」
子供を身ごもった腹をさすりながら、王妃のジェシカがエレンに微笑みかけた。
「左様でございますか・・・ならば、ようございます」
「それにしても、宰相殿は大変でございましたね。義理のお姉様に、甥御、それに同郷の仲間を2人も亡くされて・・・・・・」
同情するような目を向けるジェシカに、エレンは小さく頭を下げて応えた。
「これが、天命だと思っております。失われた命もあれば、これから生まれる命もある。陛下と・・・王妃様の御子のように・・・」
「ええ。2つの反乱で命を落とした、大勢の方の生まれ変わりだと思って、この子を育てていきたいと思います」
再び腹を優しく撫でながら、ジェシカが強い決意をにじませた。その日、エレンは仕事を終えると、妹のミアの家を訪ねたのだが――
「義兄上・・・今日のところは、お引き取りくださいませ」
ミアの夫であるウェイドがエレンを見るなり、苦々しい表情で告げた。
「なれど、ザメクの乱が終わってもう2週間になります。そろそろ、妹の顔を見たいのですが・・・」
「ご心配いただいていることは、感謝申し上げます。なれど、ミアは・・・」
「ウェイド?・・・お兄様が来たんでしょ?」
その時、ウェイドの言葉を遮るように、家の中から低い声が聞こえた。
「入ってもらって・・・私・・・お兄様に言いたいことがあるの」
「・・・分かった。義兄上、危険と思ったら、すぐお逃げくださいませ」
「危険・・・?逃げる・・・?はは、大げさでございますな、ウェイド殿も」
しかし、妹の姿を見た瞬間、エレンの顔から笑みが消えた。久しぶりに見たミアの体は、すっかり瘦せ細っている。その表情にも精気がなく、明るく活発的な彼女しか知らないエレンにとっては、あまりにも変わり果てた姿となっていた。
「ミア・・・」
「久しぶりね、お兄様・・・」
「痩せたな・・・・・・朝昼晩、ちゃんと食っているのか?」
「・・・食べようとは、思ってるの。だけど・・・・・・どうしても、ご飯が喉を通らないの・・・・・・」
声を震わせながら言うと、ミアは虚ろな視線を宙に向けた。
「ねえ・・・お兄様・・・・・・お兄様がカルドから帰ってきて、もう2年になるわ・・・・・・この2年で、私の大好きな人が、いっぱい・・・いなくなった・・・・・・お父様に、ジャンヌお義姉様・・・・・・アランに、カイルお兄ちゃん・・・・・・それに・・・デインお兄ちゃんも・・・・・・」
「ミア・・・」
「みんな・・・お兄様が帰ってきてからよね?お父様は分かるわ。お歳だったし、病気には勝てないもの。でも・・・他のみんなは?ジャンヌお義姉様とアランは、アルフォードの家を出たばっかりに、あんな目に遭った。カイルお兄ちゃんは、ジャンヌお義姉様の反乱で亡くなった。デインお兄ちゃんは、そのとばっちりを受けたようなもの・・・・・・」
そこで一旦言葉を切ると、ミアは様々な感情が混ざった目をエレンに向けた。
「ねえ、お兄様・・・・・・私、時々考えちゃうの・・・・・・もし・・・もしお兄様が戻ってこなかったら、みんな・・・みんな死なずに済んだんじゃないか、って」
「ミア・・・義兄上、そろそろお引き取りを・・・」
「ゴールお兄様とルーカスお兄様が亡くなった後、お兄様が家督を継ぐって言ってから、全部おかしくなった気がするの・・・・・・ねえ、私間違ってる?お兄様が、お父様の脅しに負けずにカルドに戻ってたら、こんな風にはなってなかったんじゃないの?」
「ミア、これ以上は・・・」
と、その時であった。ミアが目から涙をあふれさせながら、エレンに飛びかかってその襟元を掴み上げた。
「お兄様が!!お兄様がカルドに戻ってたら・・・・・・きっと・・・きっとみんな死んでなかったわ!!」
「ミア!!義兄上、今日のところはお帰りくだされ!!」
ウェイドがミアをエレンの体から引きはがしたが、なおもミアの言葉は止まらなかった。
「全部・・・全部お兄様のせいよ!!ジャンヌお義姉様が反乱を起こしたのも、カイルお兄ちゃんとデインお兄ちゃんが死んだのも、全部お兄様のせい!!返して!!私の大切な人たち、1人残らず返してよ!!」
「落ち着けミア!!義兄上・・・今日のところは、どうか!!」
泣き崩れるミアの姿に、エレンはかける言葉を見つけられなかった。彼はウェイドに妹を託すと、この日は2人の家を後にした。
「・・・本当は・・・分かってるわ・・・・・・お兄様は・・・何も・・・悪くないって・・・・・・!」
エレンの足音が消えた頃、ミアがウェイドの腕の中で、消え入りそうな声で言った。
「だけど・・・誰かのせいって思わないと、とても・・・耐えられないの・・・・・・ウェイド・・・・・・私・・・本当にひどい女よね・・・?」
涙に濡れた目で見つめてくる妻の体を、ウェイドは力強く抱きしめた。
「いいや・・・本当にひどい人間は、自分のことをひどいなどと思わぬ・・・・・・!ミア・・・お前はいい女だ・・・・・・それは・・・私が保証する・・・!」
「ウェイド・・・ウェイド・・・!」
ウェイドの胸に顔をうずめながら、ミアは声を上げて泣き始めた。そんな彼女を抱きしめるウェイドの目からも、一筋の涙が伝い始めた。
――全部・・・全部お兄様のせいよ!!ジャンヌお義姉様が反乱を起こしたのも、カイルお兄ちゃんとデインお兄ちゃんが死んだのも、全部お兄様のせい!!――
「・・・そうかも、しれぬ・・・・・・俺が・・・俺が、宰相になったばっかりに・・・・・・!」
一方。エレンは屋敷に戻る途中、ミアの言葉が脳裏をよぎった。エレンは震える拳を握りしめながら、それでも自分を励ますように言った。
「だが・・・それでも俺は、後戻りできぬ・・・・・・!俺は・・・俺の叶えたい世を・・・叶えねばならぬ・・・・・・!」
流しかけた涙をぐっとこらえると、エレンは再び屋敷に向かい始めた。と、その時――
「宰相殿!宰相殿!!」
突然、エレンに声をかけて来た者がいた。エレンは目元の涙を手の甲で拭うと、声のした方へ振り向いた。
「あなたは・・・ダリオ殿!」
「お久しゅうございます。実は・・・宰相殿に、お願いしたきことがございまして・・・!」
かつて、次兄・ルーカスの副官であった男、ダリオ・モンティ。この男の願い事が、アルフォード家に大きな変化をもたらすことになる。
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